「その一万、ちょっとでも増やしたくないか?」

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通行人はパイプ椅子に座った男性を「なんだこいつは」と盗み見ながら通り過ぎている。冷たい視線に気が付いているのかただ知らないだけなのか、パイプ椅子の男性はどこ吹く風と言った感じで自分の世界に入っていた。 今ぼくたちがいる場所からだと表情までは読み取ることができない。土樹は近寄ることなく、遠巻きに観察しているのだ。ガードレールに片足を置いてバランスを保っている。ぼくはハンドルに体を預けていたが、我慢できなかった。 「ねえ、ほんとにあそこなの? 間違いじゃなくて」 「間違いない。あれだ。あのワゴン車のおじさんが一万を買い取ってくれる。はずだ」 「だとしたら、やっぱりかなり」 胡散臭い。そう言おうとして、周りを考えて口を閉じた。言葉を変える。 「店じゃないんだ」 「移動屋台ってやつだな。お前も見たことあるだろ? クレープ屋とか」 「あるけど、こんなのは始めてみた」 ぼくの知っている移動屋台は、看板があり、カウンターがあり、あるところにはテーブルとイスがあった。だがここはどうだろう。テーブルやイスはない、カウンターらしきものも見当たらない。さらに言えば、看板がない。 「ぼくには、ただ駐車している車に見える」 土樹に言われなければ、そこが店だなんて気づかない。 「それが一般的だ。俺だって気付かんだろうさ」 「服和くんはどうやって気付いたのさ」 「さあ、あいつも聞いた話しだって言ってたからな」 そう言って、土樹は黙った。補足はないらしい。そうなってくると、新たな疑問が浮かんでくる。 あれはただの路駐じゃないのか? ぼくに指摘されたことで土樹も不安になってきたようだ。ワゴン車を観察しながら誰か客はいないかと頭を動かしている。 いっそのこと土樹が客になったらどうかと提案したかったが、もし偽札だったら悪いので止めておく。
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