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チェンジアップが外にはずれた。
フォアボール。小走りで一塁に達した四番打者と一塁コーチが軽く手を打ち合わせる。
鷹見修二は帽子を取り、アンダーシャツの袖で額の汗を拭った。
マウンドの傾斜が終わる辺りまで歩を進め、ボールをこねながらキャッチャーの若僧が内野陣に指示を出す声を聞き流す。
2―8、六点ビハインドの七回表ワンアウト一塁。ベンチが動く気配はなかった。
右打ちの四番にフォアボールを出すのは折り込み済みだ。
左の三番は打ち取っている。残る鷹見の仕事は、五、六と続く左打者をしのぐことだった。
主にビハインドでの左専用のリリーフ。
12年間のキャリアを経て、鷹見が流れついたポジションがそれだった。
マウンドに戻った鷹見は左手でロージンを軽く跳ね上げた。手の平で二回、甲で一回。
キャッチャーのサインが出る。一度は首を振った。
内角を投げるにしても初球はない。
二度目で頷き、次いで帽子のつばに手をやると、後方に体を傾け背筋を伸ばすような動作を入れてからセットポジションに入った。
染み付いたルーティーン。
一塁ランナーを睨み付けてからモーションを起こした。
初球。外角へのチェンジアップ。
今度はいい所に決まった。これで内角のボール球が使える。
フィニッシュは外へのスライダーと決めていたが、相手はクリーンアップだ。そこに至るまでは慎重に段階を踏まねばならなかった。
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