能の無い鷹は隠す爪が無い

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  ガシャンと、不意に金網が鳴った。 僕が此処に来るようになってから、初めての事だった。 向こう側の人間が境界線を侵して、夕空の陰へ姿を晒す。 ぴたりと、申し合わせたように目が合った。その瞬間、僕の視界から全ての色が消え去って、その人影に全ての意識を奪われた。 上から下まで真っ白な、女の子だった。 ずぶりずぶりと、ゆっくり歩く足は何故か裸足だった。病衣と区別がつかないくらい、肌が白い。腰まで伸ばした長い髪も白い。作り物みたいに無機質な目だけが、黒い。 彼女は僕の側まで来て立ち止まると、じっと、僕の顔を見て言った。 「キミは、私の事を患者だと思う?」 「いや、……」 僕は言葉に詰まった。その発言自体が既に患者だと、指摘するのを躊躇った。すると、 「今は駄目。虫たちが、泣いているから」 「……?」 それだけ言って、彼女は僕の傍を通り過ぎて行った。何のことだか全く分からなかったけど、向こう側から伸びるその声を、掴んではいけない。その事だけは分かっている。 どうしてか僕は、彼女の背中を目で追わずにはいられなかった。その姿が境界線を越えた瞬間、長い白髪が閃いて、僕の世界に色が戻った。夕空に踊る彼女の髪は、どれだけ手を伸ばしても届かないくらい遠くにある気がした。 僕の名前は、岡古井夜空(おかふるい よぞら)。あんまりどこにでもはいない高校一年生を二ヶ月くらいやってる。  
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