1st secret~ナツダイダイの香る頃

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ナツダイダイの香りに、ふと目を覚ます。 火照り汗ばんだ身体は、気だるさと心地好さが残ったまま。 午後になっても声高に鳴く蝉の声の中に波の音を見つけ、耳をすませば。 「………ん。」 横で微かに身じろぐのは…誰よりも愛しい女。 「いく。」 その名を呼び、額にかかった髪を優しく掬い上げれば。 「…主計様?」 いくはそう呟いて、目を閉じたままその身体をいとおしげに寄せてきた。 日本海を臨み、阿武川の支流が形成する三角州に築かれた萩。 この豊かな故郷で、幼なじみとして共に育ち、晴れて婚約をしたのが一年前。 愛情は留まることを知らず、一日、一年と日々深まるばかりで。 互いの家族に祝福され彼女と築くであろう温かな家庭を思えば、口許は自然と緩んでしまう。 「痛っ。」 小さな痛みが走り、視線を落とせば。 その美しい顔を膨らませて、手の甲を甘くつねるいくの姿。 「…何をお考えです? 口許が緩んでおいででしたよ?」 「君のことだよ、いく。君と萩と家族と。幸せな未来を考えていた。」 「…まぁ。」 小さく呟き、頬を染め照れて俯くその仕種に。 より一層想いが募り、強く胸に掻き抱きその白い首筋に唇を這わせる。 「私、主計様にお話が。」 甘い声で呟く彼女の唇に、そっと人指し指をあてる。 「…それは後で聞こうか?」 「…え?」 「そろそろアイツが来る。」 「………あ。」 二人で暫し固まった後、慌てて身繕いをすれば。 バンッと遠慮無しに開かれる扉。 「主計様っ! 姉上っ! やはりこちらにおいででしたかっ!!」 容赦なく甘い雰囲気をぶち壊しにしたのは。 いくの弟、小十郎だった。
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