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「小十郎っ! 伺いをたててから開けなさいといつも言っているでしょう!」
真っ赤な顔で髪を抑えながらいくが叱る。
「姉上、そんな今更。小十郎ももう15。お二人が何をなさっていたのかなんて十分に承知しておりますぞ?」
物知り顔で胸を張る小十郎に、思わず溜め息。
…それならなおさら、遠慮してくれ。
心中そうつっこみつつ、賑やかな姉弟喧嘩を見守る。
いくと小十郎は「楠の美姉弟」として萩の城下でその名を知られている。
事実黙っていれば、艶やかで華のような色香を醸し出すいくと、女顔負けな目鼻立ちの整った小十郎が揃うと圧巻だ。
そう、黙っていれば。
「小十郎はいつも邪魔ばかり。 せっかくの主計様との会瀬なのにっ! 馬に蹴られてしまいますよっ!?」
「姉上っ。お言葉ではございますが、小十郎は馬に蹴られるような頓馬(とんま)ではございませぬっ! 姉上ばかり主計様とずるうございますっ。私も御一緒しとうございますっ!!」
……………。
端から聞けば誤解を生みそうな小十郎の言葉に、脱力してしまう。
昔からこの姉弟に懐かれて、よく取り合いをされたものだが。
まさかそれがこの歳まで続くとは…。
「楠の美姉弟」などと彼らを持て囃している輩に、この実態を見せてやりたいものだ。
やいのやいのと続ける彼らの間に、どん、とナツダイダイを置く。
「そこまで。桂さんからナツダイダイを頂いた。三人で食べよう?」
「やったぁ!! ではいつもの場所へ行きましょう! ほら、姉上、主計様、早く早く!!」
顔を輝かせて駆け出した小十郎の背中を、いくと顔を見合わせて笑いながら追いかける。
家から僅かの松林を抜けた高台は、一面日本海が見渡せる幼い頃からの私達の秘密の場所。
三人で口一杯に広がるナツダイダイのみずみずしい爽やかな甘さを楽しむ。
萩の夏には欠かせない味だ。
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