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白いカーテンが外光を薄くして、室内は神秘的な光の斜線に溢れていた。ここが病室なんかじゃ無ければ、写真にでも納めたいと思う程に美しい光景だ。
だが、その光景が美しいと思うのはきっと、その中に彼女の姿があるからだとも思う。
「里沙。リンゴ、もう少し食べるか?」
紙袋からそれを取り出し、光の斜線を浴びせるように掲げる。
すると里沙は口元を抑えて笑い、言った。
「駄目だよローレン。これ以上は、お医者様に止められてるもん」
少しくらいなら制限以上を食べても大丈夫だと思うんだが、彼女が要らないと言うなら無理強いはしない。
でもやっぱり、入院食が朝昼晩でお粥。差し入れ可能な食べ物は身体に優しいものだけで、本当はリンゴみたいな固形物も駄目なのだが、すり潰してジュースみたいにすれば、5分の1個分程度までなら許されている。そんな生活じゃ、身体が治ったとしても心が荒んでしまう気がするのは俺だけじゃないはずだ。
「なら、変わりにこれだ」
俺は紙袋から漫画雑誌を取り出した。
「お前が暇な時用に、今日本屋に寄ってきたんだ」
もしかしたら、普通の人間なら報告するまでも無い瑣末な事かもしれない。
「わぁ、凄いね。どういう心境の変化?」
だが里沙は、漫画雑誌を受け取って、驚き、そして喜んだ。普段娯楽に興味が無い俺にとっては、こういう娯楽物を買うというだけである種の事件なのだ。
「これでもな、俺はお前の為になる事を、日夜研究してるんだぞ?」
胸を張って主張すると、里沙は可笑しそうに、さらに笑いを重ねる。
「日夜研究してるのに、暇潰しの漫画を買ってくれるっていう段階まで5年もかかっちゃったの?」
俺にとっては世紀の大発見だったんだが、そんなにおかしい事なのだろうか。
「――でも、ありがとう」
おかしい事でもいいか。
こいつを笑顔にしてやれたなら、俺としては合格だろう。
里沙は、5年前から入院している。事故だった。
そして俺は、その事故で里沙と出会った。
俺は里沙用の飲み物(お茶のペットボトル)と、自分用の水筒を簡易テーブルの上に置いた。
漫画雑誌を茶包みから取り出して、うわぁ、これ小学生向けのじゃん、とよく解らない文句を言いながらも読みはじめた里沙を、俺はただ眺めていた。
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