HELDENTUM

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故郷とはいえ何もない場所で退屈に思っているはずだ。 「まぁ、ウチは何日居ても大歓迎なんだけどね」 「母さん…」 「ささっ、お魚持っていっておくれ!早くしないと冷めちまうじゃないか」 彼女は焼き魚のお皿をお盆に乗せた。 ニコッと笑いながら手渡す。 こんがり焼かれたお魚は香ばしい匂いでいっぱいだった。 すぐ側が海だということもあり、魚はいつも新鮮で美味しい。 豪快に焼かれた丸々一匹の魚は、湯気が出ていてお腹が鳴りそうになった。 「わかった」 僕は気を付けながら持つと、キッチンを後にする。 今、憶測だけで考えても意味がないことを分かっていたからだ。 アントン様は明るくて優しい。 でもそれ以外の部分は見せようとはしない人だ。 こんな関係の僕でさえ彼の多面的な部分は知らない。 いつも目の前にいるのは変わらないアントン様なのだ。 何の経験もない僕が英雄の内なる感情など知る由がない。 だから何も言わず受け入れることしか出来なかったのだ。 ――翌日、ついに事件は起こった。 あのフィリップ様がお供を携えて村にやってきたのだ。 彼はアントン様と共に戦った勇者のひとりで、今は城で王佐をしている。 静かな村に馬の蹄の音が響き渡った。 村人は何事かと家から出てくる。 僕もそのひとりで眠気眼のまま外に出た。 「ふ、フィリップ様」 家先には透き通るような美しい白馬に乗ったフィリップ様がいた。 さすがの僕も腰を抜かしそうになる。 「久しぶりだな。見ないうちにずいぶん成長したようだが」 「あ、あ、ありがとうございます」 凛々しく気品の溢れる出で立ちはどこから見ても高貴な人だ。 アントン様と大違いである。 僕は恐縮して声を裏返らせながら何度も頭を下げた。 アントン様が僕の家にいるのは周知の事実である。 最初はアントン様がやってくるたび、フィリップ様が迎えに来ていた。 だから僕は何度もお会いしている。 「アントンはいるか?」 「あっ、はい!います」 慌てて踵を返すと、元来た廊下を戻り、自分の部屋に入った。 「アントン様、アントン様!」 「んぅ…も、少し寝かせろ」 「ダメですっ、アントン様!」 「いいじゃねーか…ん、お前も」 寝ぼけているのかアントン様は腕を引っ張った。 自分の胸元に寄せようとする。 だがさすがに今の状況でそんなことをしていられなかった。 「ごご、ごめんなさい!!」 バチーン――! 「痛っ!」
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