モーグ

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モーグ

私は病院のエントランスに入り受付で事務所に問合せをして貰った。 担当医師が直ぐに迎えに来てくれるとのことで安心した。 私が受付で佇んでいるとバスから降りた乗客が横目で私の顔を盗み見して行く。 子どもや年配者ばかりだったけど恥ずかしくて私は顔を赤らめた。 勤務初日からの失態では先が思いやられる。 待つこと数分後、恰幅のよい白衣を来た中年の黒人男性がやって来た。 「君がリー・スティーヴンスか?」 「あ、はい…あ、あのリサ・ステュワートですが?」 私はギョッとした! まさか、今更、手違いだなんて有り得る? 此処まで来るのに有り金叩いて、帰るお金なんて全然ない… 黒人男性は手に持っていたファイルを開き私の顔を繁々と見つめ笑みを浮かべた。 「あ、これは失礼…リサ・ステュワート女史だったね、精神科医のモーガン・マードックだ…モーグと呼んでくれ。」 彼は私に右手を差し出し私は喜んで握手した。 「リズと呼んで、モーグ!」 モーガン医師の人差し指には包帯が巻かれていたが私は別に何も感じなかった。 「マンハッタンからじゃお疲れだね、リズ… 話は聞いてるから事務所に案内するよ、よろしく…」 「有り難う、モーグ!」 人懐っこい明るい感じの人で私は安堵した。 悪いことばかりでもないようだ。 私はモーグと共に事務所に向かう。 モーグがカントリー風の曲をハミングしていた。 よく知らない曲だったので曲名を聞くとモーグは嬉しそうに答えてくれた。 「リズも気に入ってくれたかい? モーリン・マクゥガバンの『モーニング アフター』、映画の主題歌で希望の歌だ。」 「映画?」 「観てないか? 『ポセイドン・アドベンチャー』だ。」 「知らないわ、ディズニー映画?」 モーグは呆れ顔をして言った。 「いや、違う…説明してもダメそうだ~」 「ケチ! 教えてくれても…」 モーグが澄ました顔をして手を挙げた。 「レディー、事務所に到着です。 さぁ、中へどうぞ…」 モーグは事務所のドアを開け私が先に入るよう導く。 私は少し緊張した、いよいよだ。
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