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第百九章 副司令官の役目
◇
「タイロン・ニャンザ警視正、出頭致しました!」
ルワンダ警察の制服姿、もっとも今は休職中ということになっているが。モディ中佐の部隊から二百を引き抜いて、島直下の警察部隊を編制した。憲兵隊とは違う。
「うむ、ご苦労だ。貴官を警察補佐官に任命する。俺の傍に在って適宜助言を行え」
「承知致しました、閣下」
田舎の警察署長と比べて権限は限りなく小さい、ところが利権の程は未知数。評判の通りならば、来年の今頃は豪邸を持てているだろうとでも考えているのか、気合十分に見える。
「二百の警察官を二つに別けろ、実働部隊だ」
本部長は警視正、副本部長と部隊長に警視を据える。指名権限を一任し、目的を告げた。
「首都における防諜、カガメ大統領の護衛、国家への浸透の警戒を柱とする。必要ならば貴官が指揮可能な範囲で増員を行え」
「はい、閣下!」
早速多大な利権を得た。それを随時行使するためにも、全力で編制を行わなければならない。基礎は何事にも必要になる。
サルミエ大尉が大統領命令書を提示し、警視正に島の権限を一部委譲すると、署名入りの書類を手渡す。
「警視正の所見を聞かせてもらおう」
――使えないようならさっさと更迭しないとこちらが往生するぞ!
平静を装う、これから新たな手駒を調達すると数日のロスに繋がるからだ。異国の地、また警察という普段馴染みが薄い部分だけに手間取ることが予測される。
「大統領の護衛は専門の部署があり、我らは情報面で力を尽くすべきと考えます。地方警備の部隊との連絡強化、首都警備との同調など取るべき手法は多岐に渡ります」
やるべきことが見えているようで、すらすらと意見が口をついて出る。
「まずすべきは何だ」
「各部署への閣下の就任告知、当本部の連絡員の充足です」
胸を張ってそう応えた。確かに存在を知らねば協力のしようもない。自身がその本部長だという自負、それも出ていた。
「よし、可及的速やかに実施しろ」
「すぐに取り掛かります!」
特別手当の受給をするための鉄則、それは今できることを明日に伸ばさないことだ。サルミエ大尉が警視正に耳打ちしたのは色々とあった。
「サルミエ、お前の下にも連絡員を複数置けよ」
「はい、ボス」
言われずとも手配済、彼は司令官副官なのだ。
「大統領だけでなく、閣僚らともすり合わせを行うべきと存じます」
一本柱に頼るようでは今後問題が起きた際に対処しづらい、もっともな意見だ。
――こいつはそういうところに気が付くやつだ、いよいよ居場所を見つけたか。
ンダガク要塞で凡庸な部隊指揮官だと考えていたことがある。光るセンスが無い、仕方なく副官として抱えたいきさつを思い出した。
「サルミエ大尉の進言を採る。お前が会談の手配を行え」
「ウィ モン・ジェネラル」
機敏な動作で敬礼し部屋を出ていく。こと政治、軍事の手回しについては島を上回る部分があると認める。
――これからの俺の役目は人事だ。各自が実力を発揮できる部署につけるように尽力しよう。
ロマノフスキーは自由裁量、エーンとマリーは確定だ。何も戦闘部隊ばかりがすべてではない、関わった人物は多岐に渡る。
「ソマリア海賊も激減して、R4社もお払い箱か。ド=ラ=クロワ大佐の予定でも聞いておくとするか」
連絡先を思い出そうとすると、デスクにある電話が着信した。副官を通さずに直通、急用または直下の人物からに限定される。
「俺だ」
受話器に手を伸ばして誰と言わずにそう応じた。
「ボス、ちょっとお話が」
「おう兄弟、どうした」
「いえね、そろそろ自分も独自に行動をと思いまして。三日月島、あそこへ海兵部隊を再度置こうかと」
「具体的には?」
「ド=ラ=クロワ大佐を統括に、海上部隊と陸戦兵の訓練基地を。今までと大差はありませんが、一つだけ変化が」
「何だ」
「契約傭兵としてのクァトロ兵を集めます。基幹となるクァトロ戦闘団の手足をそこで」
「そうか。任せるよ」
「ご快諾に感謝します。フォートスターの留守はブッフバルトが上手いことやるでしょう。では」
やろうとしていたことの先を越されてしまう。苦笑しながら「流石だな」方針を認める。
「人事も委任可能か。いよいよ余計な仕事を生み出すのが役目か」
――展開する戦場がルワンダ近辺ならどうにか出来る。もしここではないどこか、世界の果てに軍を動かすことがあるとしたら、か。
自分にしか出来ない何かを夢想する。国際指名手配、それを消すことは難しいだろう。目を瞑って移動を黙認してくれる国、探しておこうと目先の目的を一つ定める。
何せ内陸国だ、コンゴを通過はまず無理だと判断した。ウガンダ、そこならばきっと許可を見込める。となると、選択肢は多くない。
「サイトティ大臣の一言が現実味を帯びてきたわけか」
ケニアを通過して海へ出る、そのルートを確保しておけば世界は広がった。政変がありルワンダを追われたとしても、それでまた行き先を得られる。
ソマリア、マルカに迷惑をかけるのは心苦しいが、目下のところそこ位しか行き先が無かった。
「俺はニカラグアを出た時から覚悟が出来ていたはずだ、今更後悔はないさ」
今は捕まることも死ぬことも出来ない。あまりにも多くの者に多大な迷惑がかかるから。
それが島の勝手な言い分だということは本人も重々承知だ。だからとおいそれと受け入れるわけにはいかない。
「入るぞ」
レティシアが一人部屋にやって来る。顔色を見て一言。
「いざとなればエスコーラだって在るからな」
何をどう考えその台詞に至ったか、島ですら想像出来なかった。だが想いは理解できた。
「ああ、俺にはお前がいる」
――家族が、仲間がいる。守りたい、全てを!
何かを得るために何かを失い、何かを守るためには何かを攻めなければならない。安住の地などこの世のどこにもありはしない、その為に戦い続けよう。再度心に誓った。
◇
モカ港、R4社の船舶の多くが停泊していた。予めそこへ集合するように連絡があった、ゴードン社長も来てもらっている、アフマド取締役部長もだ。
司令船の一室、そこに株主が揃っている、ロマノフスキーは部外者だ。だがそれはこれからもとは限らない。
「改めまして、代表取締役筆頭株主トーマス・ゴードンです」
「クァトロのロマノフスキー大佐です。場を設けていただきありがとうございます」
いつもはおどけた態度をとっている彼だが、真面目にやろうとしたら出来ることを証明する。イギリス人を相手にするときはこうするべきだと知っているのだ。
「ソマリアの海賊はその多くが廃業し、今やあの近辺は安全に航行が可能な海域になりました」
ゴードンの言うように、近年の海賊被害は零、無事に使命を果たしたといえるだろう。世界各国の警備艦隊、あの威力もかなり響いていた。
「R4社は今後どうするのでしょう?」
概ね解ってはいた。株式の自社買取による破棄、会社の解体だ。存在している理由を失ったのだ、自然の流れといえる。
「企業としての活動を終了します。株式比例で資産の償却を行う予定です」
他の株主にも了解を取っている、誰かが続けたければ株を買い占めれば名前を引き継いでも構わないと。
「現在の船員らはどのように?」
「企業の廃業と同時に解雇、という形になります。可能な限り他社への斡旋を行いはしますが」
部外者へ色々と明かしているのは、起業時の関係者だからだけではない。潜在的な斡旋先、そして株の引き継ぎ先と認識されているからだ。
「アフマド、船と船員を引き継ぎ、株式を償却するのに不足する額を計算してくれ」
「はい大佐」
今や部下でも何でもないのにロマノフスキーはアフマドを呼び捨てる、そしてアフマドもそれに従い計算を行った。
ドルベースで表示された金額、一存で返事をしても許されるだろう数字だった。駆け引きも何も存在しない、求めるのは互いに一発サインだ。
「クァトロがR4社を買い取ります。いかがでしょうか」
「私は構わない。イーリヤ氏には悪いことをしたと思っている」
危急の際に突っぱねるような返事しか出来なかった。ゴードンが情けない顔をする。
「ボスは当然の判断だと納得しております。貴方は経営者として真っ当な行いをした、それだけです」
遺恨は何一つない、そこをはっきりさせておく。胸のつかえがとれたかのように、彼の表情が和らいだ。
「そう言ってもらえると安心できるよ。もし海事で困ったことがあったら何でも相談して欲しい、今度は協力させて貰う」
「ありがとうございます。ボスに必ず伝えさせていただきます」
契約実務をアフマドに一任し、株主らが船を降りる。一つの役目を終えた男たちの顔は明るかった。
ド=ラ=クロワ大佐とアフマドはその場に残る。彼らも降りようと思えば出来た、だがそうはしなかった。
「クァトロはフィリピン三日月島に海上部隊と海兵部隊の訓練基地を設置する。統括司令官と統括事務官の推薦があれば受け付ける」
自薦他薦は問わない。瞳を覗き込みロマノフスキー大佐は返事を待つ。
「一度裏切るような真似をした私を、閣下は許してくれるのだろうか?」
ゴードンとは経緯が違う、ド=ラ=クロワ大佐は島の意を受けるべき立場にあったのだから。今更どの面下げて顔を合わせれば良いのか。
「ボスは大佐の判断を尊重する、それは絶対だ。かくいう俺なんて、一度命を狙って刃を向けたものだ」
まさか! ド=ラ=クロワ大佐が信じられないとの反応を見せた。
「事実です。自分もそれは聞き及んでいます、ンダガク要塞でのことですね」
アフマドが当時のことを思い出した。ロマノフスキー少佐が敵にまわったと。
「当時の大佐はロマノフスキー少佐がそう判断し、刃を向けざるを得なくなったのならば、それが自分の判断でもあると仰り少佐を隣に置かれました」
反逆するだけならまだしも、直接命を狙った相手をそのように許すなど考えられなかった。普通ならば確執をもち遠ざける。
「もし閣下がお会いして下さるというならば、残りの人生を捧げたいと思う」
「何、喜んで迎えてくれるよ。ああ、だが奥方にはしこたま言われるだろうな」
何せ俺も未だに言われる。肩を竦めて口元を吊り上げた、一生ものだよ、と。
「耳が痛いことを言われるのは甘受するとしよう。それだけのことをしたのだ」
船員との契約を交渉する、ロマノフスキーはアフマドを連れて船を降りた。殆どが継続を望み、それが受け入れられることとなった。
◇
船団の移動をストロー中佐に任せ、ウッディー中佐は三日月島へと先行させた。駐留準備を一任し、ド=ラ=クロワ大佐の赴任を待てと命じておく。
その後彼はニカラグアへと飛んだ、入国してすぐに携帯電話が鳴る。
「俺だ、そんなところで何をしている」
網に引っ掛かったらしく、あっさりとグロック准将の知るところとなってしまう。
「ちょっと人材のリクルートをと思いましてね。三日月島へ海兵部隊候補を誘導する仕事を」
「ちょろちょろ動き回るな、若いのを行かせる、好きに使え」
そういうと通話を切られてしまう。ツーツーツーとなる携帯電話を見て「素直に手伝うって言えないもんかね」やれやれと好意を受け取ることにした。
空港のロビーに置いてある椅子に座って待っていると、件の若いのがやってきた。
「何だ、誰かと思ったらあんたか。オヤジのやつ詳しいこと言わないんだもんな」
あんた呼ばわりとは久しぶりだった。アロヨ大尉、クァトロから離れて何をしているかと思えば、グロック准将の下で楽しくやっていた。
「いつからオヤジになったんだ」
「んなこと忘れちまったよ。こっちに居るほうが楽しいもんでね」
相変わらずの口の利き方だが、そんなことで腹を立てるような奴でもない。むしろ弟子をなくして寂しいだろうグロック准将の近くに居てくれてありがたい。
「そうか。実はこれからちょいと面白いことをしようと企んでいてね、一枚噛まんか」
「素面でやれる仕事に興味はねぇよ。一杯付き合えよ、話はそれからだ」
返事を聞かずに一人行ってしまう。
「いいねぇ若いって」
満足げにほほ笑むと立ち上がり後をついていく、自分たちにも、いや誰にだって若いころはあったもんだ。妙な考えが巡る、悪い気分ではなかった。
真昼間からBARで傾ける。ロマノフスキー大佐はビールだ、それが好きだから。
「あっちで色々とやってるようだな」
「ま、それなりにだがね。真っ最中でもある」
ウガンダでの戦闘、フォートスターの運営、キガリでもきな臭い何か。こんなところでビールなぞあおっている場合ではない。
「いいのか、あんた居ないと困るだろ」
「一人位居なかろうが部隊は上手くやるさ。そうでなきゃいかん」
軍隊とは補完されることが前提のシステムだ。常に失い続け、常に補充される。制度を生かすのであり、人を生かす場所ではない。
「あーそーかい。で、どうしたよ」
「フィリピンに海兵候補を誘導しようってな。契約傭兵だ」
知り合いをどんどん送り込んでくれ、お代わりを注文しながら端的に示した。
「数をってことか。条件は」
金額などではない、求める質というやつだ。その点クァトロでは決まっているルールが一つだけあった。
「精神的統制を第一にする。英語かフランス語が解るのも重要だが、言葉なんぞ後で覚えればいいさ」
それが外人部隊の流儀だ。自分もそうだった、不便と知れば嫌でも喋られるようになる。乱暴な物言いだが、結構それが真理だったりもする。
「解った、こっちは俺がやっとく。まだ行く先があるんだろ。あんたって駒は遊ばせておくのが勿体ない部類に入る、キリキリ働きな」
「グロック准将から余計なことばかり学んだようだな。空港で足止めされてバイバイとは大したもてなしだ」
仕事がはかどり過ぎるのも考え物だな。皮肉を一つだけ残して素直に引き返す、次の行き先を睨みこんな楽はもう出来まい、手順を考えながらゲートを潜った。
◇
久々に降り立ったシャルル・ド=ゴール空港。様々な始まりはここにあった、今でもここから世界は広がろうとしている。
近くに来たら必ず寄っている懐かしの下宿、今回も足を運ぶ。ここで島と一緒に暮らしていた時期、目を瞑ると思い出された。
「身一つ、己のみで戦ってから随分と経ったものだ」
気づけば四十路も間近、死の淵に立たされたことなど両手の指では足りようはずもない。
「マダーム」
どこか見覚えのある後ろ姿に声をかける。振り向くと老婆がにこやかに「おや、お帰りなさい」うれしい言葉をかけてくれた。
「お久しぶりです、ロマノフスキーです。少しの間宿をと思いまして、ここに来たならホテルなどよりやはりマダムのところでしょう」
高級ホテルに連泊しても困らないだけの財力はある。大切なのはそこではないのだ。
「あなたは四号室だったわね、いつでも使えるわよ」
どれだけ年月が開いていようとも、マダムの記憶に残っているようで、かつての部屋をあてがわれる。それが配慮というものだろう。
「ではそこを。何かお困りなことはありませんか?」
純粋に親切心で尋ねる、するとマダムは首を横に振る。
「皆が助けてくれるので、とても楽しく暮らせていますよ」
「そうですか。それは何より」
フランス軍、警察の高級幹部にもここを使っていた人物が多々存在している。マダムの人柄が皆にそう言わせているのだろう。
そんなことを知らずに強盗に入った愚か者が複数居た。こともあろうにマダムに怪我を負わせたのだ。それを知った市警の署長が警報を発令する。警官が多数動員され、軍隊の一部までもが出動、犯人を執拗に捜索しその全てを拘束。電光石火の逮捕劇が展開された。
普段は軍と警察はあまり仲が良くない、ところがその時ばかりは違った。綿密な連携、意思が統一された統合本部、現場の将校、幹部らの気合の入り具合は相当なものだったと言われている。
「拠点は確保した、まずはあそこだろうな」
退役軍人が集まる酒場、そこへ顔を出す。今日も明るいうちから随分と席が埋まっている。
「マスター、ハイネケンだ。ここの顔役は?」
「コロー退役大佐が見えなくなってから、ブリアン退役中佐がそうだがね」
どうやら名簿を取り上げられて後に近づかなくなったらしい。
「ブリアン? もしかしてそいつは元駐レバノン武官だった?」
もう十年も前になる。どこにでも転がっているような名前だ、他人の可能性のほうが高い。
「どうかな。今夜も来ると思うよ」
あまりお喋りはしたくないのか黙ってしまう。ロマノフスキーは余所者と言われても仕方ない、名乗りを上げれば別だろうが、敢えて理解してもらおうとは考えなかった。
暫く飲んで時間を潰す。そのうち扉を開けて入って来る人物に見覚えがある男がいた。
「ブリアン中佐」
席を立って話しかける。相手は一瞬誰か解らなかったようだが、じっと顔を見つめて思い出す。
「レバノンの顧問だったかな」
あれ以後は顔を合せたことはない、お互い当時の記憶が最後だ。
「ではあの時の駐在武官でしたか、お久しぶりです。ちょっとパリに用事があって、こちらでご一緒にいかがですか」
旧交を温めるには酒が一番だ、そう信じて疑わない。そもそもがそのためにこの酒場があると言っても過言ではなかった。
「そうしようか」
世界中に名も知れぬ軍人が山ほどいるが、その中で同じ地域、それも同じ人物を支えるために歩みを共にした数少ない知人。
「サンテ!」
当たり障りなく互いの健康に乾杯。ビールをあおって話を切り出す。
「パリ支部長をしているのですか?」
それらしき言葉を聞いていたが、本人の口から聞くまでは鵜呑みにはできない。
「うむ。コロー大佐が郷に戻って以後なり手がなくてな。こんな私だが酒場で飲む位のことは出来る」
取り仕切りは出来ずとも、顔を合せてこうやってな。流石外交を主とした駐在武官だったことだけある、柔らかな切り口に満足した。
「実は未だにボスはあの方でして。代理で人材集めに東奔西走していますよ」
十年経っても二人の関係は変わっていない。これは進展のなさではなく、絆の強固さととられた。
「それは嬉しい。彼もフランスに? 確か……島君だったな」
日本人は優秀だ。社交辞令の一種だが、人物を思い浮かべてそう語る。ブリアン中佐は島の功績を知っている、ハウプトマン大佐に聞いたからだ。だがそれも十年前の話。
「ウィ。アフリカはルワンダで作戦中でして」
今頃首都で大変な作業をしているだろう。目を瞑って、それもまた結構、ロマノフスキーは微笑する。
「そうか、壮健で何よりだ。当時の島大尉、今頃は中佐、いや彼のことだ大佐に躍進といったところかね」
何せ優秀な人物。とはいえ三十代なので大佐とはお世辞もよいところだ。
「現在、ルワンダ国防軍客員司令官イーリヤ少将として、国家の安定に従事しています。その余禄で自分も大佐に」
いやお恥ずかしい限り。自身の実力ではないと謙遜する。
「何と三十代で少将閣下というのか! 貴官も、いえ大佐殿も……失礼致しました」
まさか自分が格下だったとは思ってもみなかった。戦時中ならともかく、平時にそのような累進はほとんど聞いたことがない。
「いえブリアン中佐、所詮自分はついでです。実戦部隊の中核となる将校・下士官を求めています」
「実戦部隊?」
世界中で紛争は絶えず起きている。その意味では戦いもあろうが、ルワンダ軍が人員を求めるとなれば話は難しくなる。
「閣下の私兵集団でして。ここ数年で戦役数回、戦闘数十回を」
「戦役ですって?」
キャンペーン、即ち戦争の連続。ニカラグア然り、地中海然り。
「政府やら国相手に戦うこともしばしば。ボスは決して自分の正義を曲げませんので」
おかげで楽しい日々を過ごせていますよ。軍人として清々しい限り。ロマノフスキーの表情を見てブリアンは事実であろうと感じた。
「フランス退役軍人のみを求めてらっしゃる?」
「世界中どの人種、どの国籍でも。重要なのはその精神としています」
言語もフランス語、英語、スペイン語いずれかを話せれば充分だと線引きした。それらのうちいずれも話せないものなどフランス退役軍人には存在しない。
「何名ほどお求めでしょう」
「百人居ても二百人居ても、能力が及第ならば雇用します。雇い主はボス、支払いもボスでして」
そのあたりは自由にやれと委任されていましてね。信任厚いことを添えておく。決定権を握っているかどうか、そこは紹介者にとってかなり大切な部分なのだ。
「承知致しました。自分が適切な人物を推薦させて頂きます」
連絡を約束し、二人は別れた。確かな手ごたえを得て、次への布石を夢想する。
◇
「さて、ロマノフスキーも暫く戻ってきてないが、ブッフバルトは大丈夫か?」
フォートスターを任された生真面目な少佐の心配をする。サルミエ大尉は聞かれるだろうと先に情報を仕入れていた。
「マケンガ大佐の指導で大事は起きていない様子。ブッフバルト少佐は滞りなく執務をしております」
「マケンガ大佐か。そうだな、あいつがいたら安心だよ」
――ブッフバルトは仕事がし辛かろうが、恐らく二人とも顔には出すまい。
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