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第百八章 アフリカの巨人
◇
ルワンダ民主解放戦線、その司令官らが捕らえられた。ニュースがアフリカを駆け巡る、ウガンダでウガンダ正規軍が司令官を、タンザニアでキャトルエトワールが副司令官を。
「ムセベニ大統領から驚きの連絡があったよ」
キガリのホテル、臨時司令部という名目のスイートルームで島がレティシアに明かす。ウガンダ軍への配慮に感謝する、そのような内容と共にこちらでも客員司令官として名を連ねてみないかとの申し出だ。
「タダより高いものは無いって知ってるんだろうね」
カガメ大統領然り、ムセベニ大統領然りだ。真に好意のみで言い出せるようなことではない、無論一存でもないのだろうが、あまりにも冒険が過ぎる。
「マグフリ大統領もだ」
タンザニアでもキャトルエトワールの名声が高まり、キシワ将軍へ国内北西部での治安権限を認めるなどと言い出していた。島としては行動の自由が得られて在り難いのだが、素直に受け止めて良いのかどうかが解らない。
「どいつもこいつもお前を便利な道具だとでも思ってるんじゃないのかい」
気に入らないね。彼女が不機嫌になる。
「ま、俺もあちこち責任を負うことが出来る立場じゃないからな」
――とは言え、名目上の部隊運用根拠が無ければ現場が辛い。
国家の客員司令官では直接的に迷惑が掛かる恐れもある。間に二つ、三つ挟んでのぼやけた何かにすべきだ。
「サルミエ大尉、東アフリカ連合の治安維持機関、こいつの設立提唱の草案をまとめておけ」
「畏まりました」
より限定的な範囲で、尚且つ大統領らに不都合が無いようにと、いつでも切り捨てられる組織を産み出そうとする。警察情報の交換なども含めて、鈍重な体制になるだろうが盾としての役割は果たすはずだ。
――ずる賢くなったものだ。恩返しがやぶ蛇にならないよう、関係各所の担当に意見を聞きながらだな。
ルワンダ、ウガンダ、ケニア、タンザニア、もしかしたらブルンジも巻き込むことになるかも知れない。国際指名手配犯が表面に出ないよう、何処かの誰かが名目上の指揮官を引き受けることになる。
高いツケを払うことになったのはドス・モラエス中将で、渋々調印式でサインするのは、これから二ヶ月後のことだった。
◇
「英雄と指名手配犯、忙しそうね」
笑顔で島に話し掛けてくる、いつか誤解がとけたら良いわね、と。
「由香、俺は別に平凡な一般市民で構わないんだがね」
「そんなの無理でしょ」
あっけらかんとして即座に否定してきた。反論出来ないのは島自身が一番よく解っている。
「どうだろうな。キガリには慣れたか」
アフリカであってアフリカとは言えないような都会。砂漠に突然現れる、ドバイのオアシスメガロポリスに似ているかも知れない。
「ええ。悪意ある対抗報道がある度に仕掛けてるわ。AFP通信が負けるわけにはいかないのよ」
――負けるわけにはいかないか。俺も何度そう言ったやら。
妙な共感があった、自然と笑顔になる。ルワンダ解放民主戦線は司令官らが裁判にかけられる見通しになり、勢力が急速に減退していた。投降する兵らがキャトルエトワールではなく、国軍でもなく、各地の警察を選んだのは戦いの壮絶さを象徴したものだろう。
――マリーは良くやったさ。大分気にしているようだが、俺は何の文句も無い。
キャトルエトワールのキシワ将軍、四ツ星の軍旗。初めて放送をしてから、今までずっと音楽を流し続けていたのが、なんと同一勢力だと今更になり話題にもなった。情報の過疎地では音楽番組が戦争までやっていると、主従を誤った認識をしていたりもするそうだ。
「キガリの反体制派が押し寄せてくる可能性がある。危険が迫ったら国軍や、俺の部隊を頼れ」
「変わらないわよね、龍之介は」
何がだろうと目で問い掛ける。自分では随分と変わったものだと思っていた。
「いつでも前を向いているわ。男の顔してる」
放送を通して三国国境線に街を創り、病院を設置したのも周知した。責任者がドクター・シーリネンというのも公表している。知名度が極めて高く、今まではコンゴに居て遠くて行けなかったり、国境を越えられなかった患者らが競ってやって来ている。
島は基本的な医療費を全額負担して、ドクター・シーリネンに全てを任せた。難しい治療が必要になるのは国連を通して赤十字病院に搬送手配をとらせている。
「いつまでたっても青二才だって受け止めておこう」
肩を竦めて未熟は昔から変わらないな、そう言葉にする。
「それでこれからどうするつもりかしら」
「まずはルワンダの安定化、そして周辺に少しずつ影響をって形を考えてるよ」
色気の無い話をする。別にルワンダの政治家でもないくせに、随分と内容が大きい。
「そう。きっと龍之介なら上手く出来るわ」
「だといいけどね」
「大丈夫よ、生きている限りいつか必ず正しいことが証明されるわ」
だから死なないことを最優先にして。最後までは言わなかった、譲れない何かがあるだろうから。
「そうだな。いつか誰かが俺を認めてくれたらそれで良いさ。だからって訳じゃないが、目が届く範囲の正義は俺が必ず認めてやるつもりだ」
――正義を躊躇しない心、それを大切にしてやりたい。
見ず知らずの誰かであっても、事実を認めてやる。余計なお世話かも知れないが、そうしたいからする。
――そうだ、俺は信じた道を行く。迷いはしない。
「あーあ、奥さんが居なければ放っておかないのに」
目を瞑りうっすらと微笑する。それが今の答えだと由香も素直に察しておくことにした。
◇
「司令か。ボスがニカラグアで革命をしていた頃、こんな感じだったもんかね」
マリーは小さくため息をつく。逆算すると当時二十八、九歳だったということになる。金だけぽんと渡され後は上手くやれ。フォートスターで座して取りまとめを出来る自分は、遠く及ばないのを痛感させられてしまう。
「欠ける前に補強すべきだが、望まぬ場に引きずり込むのは良いやら悪いやら」
独り言が多くなった。クァトロの連中は民兵団を具に見て回り、直下の部隊に引き抜ける奴等を集めて回っている。先日ベルギーに里帰りした、今またフォートスターを離れるのはいただけないと自ら却下してしまう。
代理でブッフバルト少佐を、とも考えたがやはり同じ理由で適切さを認められない。他に外人部隊からの将校をと考えてみたが、島とロマノフスキー大佐しか居なかった。
「待てよ、何も外人部隊ばかりが供給源ではないな」
受話器を手にしてもう一つの可能性を思い出す。それにその部分もやはり欠けると行き詰まるので、試しにといったところだ。これが出来るならば、一気に未来は広がる。
呼び出されるとすぐに眼前に現れる。機敏な動作で敬礼した。
「ヌル中尉、出頭致しました」
サンドハースト出身のヌル・アリ。部隊の砲兵将校は彼ただ一人だ。負傷や不在で指揮不能になれば戦力低下だけでなく、手段の一つを喪ってしまう。
「中尉、部隊は砲兵を恒常的に必要とする。貴官の見立てで指揮官を増員するんだ」
目指す形だけを示唆し、詳細を縛らない。彼もまた尋ねはしなかった。
「畏まりました。少々遠出させていただきたいと考えます。司令のご許可を」
「うむ、許可する」
意図を正しく把握したヌル中尉がフォートスターを離れる。装備の受け入れ、次に解決すべき案件が待ち構えていた。
手配はロマノフスキー大佐が行った、だが実務に関してはマリー中佐のに全てが預けられている。欲しければ他にも追加して構わない、ありがたい言葉をかけられていた。
「武器弾薬ではなく、工作機械だな」
街の建設用ではない、そちらはブッフバルト少佐の管轄だ。戦場でもそれは求められる、野戦築城で有ると無いでは雲泥の差だ。
クレーン車やブルドーザー、電源車の類いをあれこれと追加しておく。同時に装甲板を忘れない。ルワンダで加工して工兵が使うものに改造するつもりなのだ。
「失礼します」
ノックしてグレゴリー中尉が入ってきた。減らした書類がまた追加される。
「また派手に持ってきたな」
「申し訳ございません」
「中尉のせいじゃないさ、気にしないでくれ」
これをいかに減らすか、オズワルト大佐がどれだけ優秀な事務官だったかが今更ながら理解できた。そしてここで閃く、事務部を作ってしまえと。
「グレゴリー中尉はデスクワークが得意か」
「はい。戦闘よりは親しんでおります」
逆なのは稀だ、そしてクァトロは稀な集団という事実がある。出来るのと得意はまた別ではあるが、適材適所は皆が望むところだろう。
「よし、中尉が事務兵を集めて事務部長を兼務しろ、副部長の指名もしていいぞ」
「了解です」
今考えたのだろう、何せ創設の申請書を作れなどと命じられた覚えはない。司令の副官、どうやら自分では役者不足だなと朧気に感じてしまった。
◇
コンゴ・ゴマ市の東に東アフリカの軍事司令官らが集結した。AMCO――東アフリカ治安維持連合機関代表、ドス・モラエス中将の呼びかけだ。そこへ島が出席している、副官一人を連れて。
ルワンダ、タンザニア、ウガンダ、ケニア、その代表は全員が少将で階級を揃えている。首座であるモラエス中将は白人、島が黄色人種で、残りは黒人だ。明らかな異常に視線が集中しているが、各自が因果を含められているので疑問を飲み込んでしまう。
「共通語は英語ということで良いだろうか?」
中将が一応の確認の為に皆に問いかける、返事はオーケーだ。スワヒリでも良いそうだがそれは中将がごめんなさいだった。島も理解出来る自信は無い。
――ルワンダ語の一部ならば最近何と無く解るようになってきたけどな。
アラビア語に現地語をミックスしたような感じで受け止めている。アフリカーンス語もオランダ語に現地語を、といったような感覚だ。
「集まってもらったのは他でもない。加盟国内の反政府武装組織への対抗を議題としている」
国連は直接手を出すことは出来ない、それでも情報面で助力は可能だと、最初から前に出る気はゼロだ。
それも仕方がない、中将の指揮下には一人のブラジル兵も居ないのだ。多国籍軍の司令官とは言っても、直接命令出来る権限を持ち合わせていない、お飾りの椅子だ。皆もそれを解っているので余計なことは言わない。
「ルワンダ解放民主戦線は先日主力を失い崩壊したと認識している」
島がまず口火を切った。ルワンダは協力要請するような反政府勢力を抱えていない。国内の治安が保たれているとの意味で、膨大な国土を持つ他の国はそんなことは言えない。
「ケニアは小規模な勢力が多数あるが、軍事力での解決を急いではいない」
反政府とはいっても転覆させるのが目的ではない、そのような集団は現在無いそうだ。略奪目的や、地方の権限向上、その手の相手ならば国軍のみでどうとでもなった。
タンザニアとウガンダの少将が目を合わせてどちらから言い出すか、その機会を探った。他所の力を借りるのは恥じではない、手軽な解決方法だ。中国辺りとは精神構造が大分違う、ウガンダのニャクニ少将が口を開く。
「ウガンダでは神の抵抗軍が活動範囲を広げている」
実際はコンゴや南スーダン、中央アフリカ辺りにまで勢力を張っている。
「ジョセフ・コニー、フロリベール・ンガブ、ドゥグラス・ムバノ、パンガ・マンドロの四名が国際刑事裁判所からの指名手配で拘束されていない人物だ」
後の二人は死亡と、中央アフリカで拘束中だと明かす。ウガンダ軍としてもコニー最高司令官とまでは言わずとも、三名のうちいずれかの司令官を逮捕したいと考えている。
――思えば俺も似たようなものだ。よくぞノコノコと会議に出られたものだよ。
自嘲してしまう、自首でもしておけば色々と収まりがつく事件があるだろうなと。
「現地の情報は、ヒューマンライツウォッチ・アフリカ上級調査員のギネヴァ氏が詳しい」
「ギネヴィア女史でしょうか」
島がモラエス中将の記憶違いを指摘した、するとばつが悪そうに「そうだったかも知れん」と言葉を濁した。ル=グランジェでネイに引き合わされた人脈が今になって生きてくる。人生はどうなるかわからないものだ。
「ウガンダ軍はこの問題に対して、専属の兵を五百供出可能だ」
お前らはどうなんだと皆に視線を流す。無論モラエス中将はゼロで、後方支援のみと即答する。駐屯地にはそもそもが千人弱しか居ない。
「ケニアは二百の陸兵を約束する」
「タンザニアは二百の警察官、五十の軍兵を」
概ね千の兵員だ、結構な数が集まるなと感心してしまっている。残る一人、島にも数を求めた。
「ルワンダ軍のイーリヤ少将はゼロだ」
「そういうわけにはいかんでしょう」
何を言っているのかと不快な顔を向けてくる、事実島はルワンダ正規兵を配されていないのでゼロとしか言いようが無い。
「だが、キャトルエトワールのキシワ将軍は機械化歩兵二百、歩兵二千を提供するだろう」
「イーリヤ少将、キシワ将軍と連絡はつくのかね」
猿芝居の演者に指名されているモラエス中将が台詞を吐く。疑問があっても少将らは割り込もうとしない、最早出る幕ではないと悟った。
「お任せ下さい、中将閣下」
「うむ。各国部隊指揮官をカンパラへ派遣したまえ。イーリヤ少将、貴官をAMCO副司令官に任命する。速やかに問題の解決を図るように」
「イエッサー」
――ルウィゲマ中佐に多くを託すことになるだろうな。
大功績を上げた彼は昇進を果たして国軍の中枢に席を移した。その初任にこれを持っていく、もっと階段を駆けあがってくれるのを願って。
◇
キガリのレストラン・アフリカの星、そこで数年ぶりに彼女と再会する。あの頃とは違う、そう言い切れるほどのことはしていない、島は控えめな態度で接する。
「ギネヴィア女史、お久しぶりです」
「イーリヤ将軍、マグロウさんから話は伺いました。アフリカの為に働いてくれるとか」
「微力を尽くす所存です。キャトルエトワールのキシワ将軍としてですが」
どうぞお掛け下さい、椅子を勧める。彼女もずっと前からアフリカのためだけに人生を捧げてきている、報われなさは島と同等かもしれない。
「ジェノシデールを討伐したと聞きました」
「若い者が命を張った結果です、自分は何も」
コーヒーを一口含み目を閉じる。いつか部員達は故郷へ戻り、そこで暮らしていければ良い、そう考えていた。何もこんな場所で義理を通す必要など無いのだ。ギネヴィアは微笑んだ、やはりアフリカには居ないタイプの人間だなと。
「そうでしたか、それは何よりです。フォートスターという街、難民が殺到しているそうですが」
そこへ行けば医療を受けられる、仕事がある、食糧が与えられる、まるで理想郷だと遠くからやって来る者も多い。
「空き地ならいくらでもありますからね。あまり密集すると衛生的にどうかと思いますが、都市計画も若い者が仕切っているので暫くは問題ないでしょう」
一杯一杯になる前に次を考えておきますよ。こともなげに返答する。
「貴方は素晴らしい、私も是非とも協力させてください」
「ありがとう御座います。ウガンダのアチョリーについて、現地情報を求めています」
ウガンダ軍からの情報だけでなく、国際的な視点からのものを含めてだ。外交の一部でも漏れ聞いていたなら参考に。
「南スーダン、中央アフリカもこの件については共同しています。専任の外交官が居るのでご紹介致しましょう」
後日の会合ということで話をまとめておく、ルクレール全権委員というそうだ。
――全権委員か、なんとも懐かしい響きだな。
パラグアイに赴任したのを思い出す。たったの数年前でしかないのに、やけに昔のことのように感じられた。
「自分はこの国を動けません、行き届かない部分が多いでしょうが、次代を担う者たちがきっと善処するでしょう」
「私から見れば、貴方が次代ですけどね。アフリカは将軍を歓迎するでしょう」
これは予言ですよ、彼女がやけに自信たっぷりで明言するのを無言で受け止めるのであった。
◇
貫禄たっぷりの全権委員、愛想が良さそうな表情をしている。
「いやぁキシワ将軍、お噂はかねがね」
にこにことして握手を求めて来る、外交官という生き物などどこでもこういうものだ。
「ルクレール全権委員、お会いできて光栄です」
相手に合わせて笑顔で応じてやる。が、互いに何か引っかかるものがあったようだ。顔を見合わせて記憶を探り、島が答えにたどり着く。
「少々失礼」
――確かあの時に……。
旅券を捲り十年ほど前の出入国記録を開く、そこには確かに手書きで外交の一端、との特記が残されていた。貼付査証の発行者はルクレール大使。
「もしかして昔、スーダンで大使をして居られませんでしたか?」
「おやご存知で? しかしどうしてでしょう」
島は自身の旅券を提示してみせる、ルクレールが顔を寄せてサインを目にして驚く。
「そ、それは私のサイン! ……貴方はあの時の日本人ですか!」
「貴方のお陰で当時、難を逃れることが出来ました。ありがとう御座います」
今さらではあるが効果は抜群だったと賞賛する。
「奇跡の邂逅というわけですか。そうですか、キシワ将軍は日本人だと。広い世界で再会出来たのは神のお導きでしょう、全面的に協力をお約束させていただきます」
この一件だけでなく、中央アフリカとしてもキシワ将軍を支持するようにと上申書を作成しておくと請け負った。
「ルクレール全権委員、私も貴方を信頼します。国境を跨ぐ問題の解決に尽力させていただきます」
まさかの人物だったのはお互い様のようで、たった一度昔に言葉を交わしていただけで一気に距離が縮まってしまった。引き合わせたギネヴィア女史も驚きだ。
「未来は明るいようね」
「それはどうでしょうか。ですが感謝します」
――こいつは幸先が良いぞ!
ルクレールの権限は国境を越えての活動を許可する部分や、治安当局からの情報提供を受けられる権利といったあたりのものらしい。島に欠けていた部分が補強される。
「中央アフリカはそれでなくとも揺れ続けています。一つずつ障害を取り除くのが私の使命だと考えているところでして」
「最大限の努力をするまでです」
AMCOの活動背景を固め、舞台はウガンダ北西部へと移ることになる。
◇
首都カンパラから北へ二百数十キロ、湖の北にあるリーラという街に軍勢を移動させた。ウガンダ北部の交通の要衝で、ここから北西に数十キロでグルーがある。キール曹長の話で誘拐された子供達が連れて行かれようとしていた所だ。
「リーラは土壁の建物でそこそこの街並みだな」
簡単な感想をマリー中佐が述べた。AMCO派遣軍司令として数千の戦力を束ねている、副司令はルウィゲマ中佐だ。
「グルーあたりでは藁葺き屋根の掘っ立て小屋が主流ですよ」
民族性だけでなく貧富の差が存在している、彼は隠さずに語る。アチョリー族は昔から単純作業の職にしか就くことができずに、その富を首都の者達に吸い上げられている。少なくともそういった考えを持っているので反抗勢力として数えられていた。
「俺は政治をどうこう言えるような立場じゃないが、不当な評価を受け続けるのは辛いものだろうな」
ついクァトロのことを思いそう口にしてしまった。だがルウィゲマ中佐は聞かなかったことにして、無反応で前を向いたままだ。余計なことを言ってしまった、マリー中佐は以後自重しようと決める。
タンザニアやケニアからの部隊長は大尉が派遣されて来ていた、規模が二百程度なので妥当な線といえるだろうか。ウガンダは五百、少佐か中佐がその指揮にあたるのが通例だ。異常なのはキャトルエトワールだ、二千からの大軍を中佐が率いている。平時ならば将軍が頂点で然るべき数なのだ。
「正面から攻撃したらただの虐殺でしかないな」
民間人に暴行を働く為に遣わされたわけではない。相手も馬鹿ではない、軍隊が戦うつもりでやって来るというのに、ボケッとして姿を晒したりはしないはずだ。
「指名手配犯の居場所を調査するところから始めるべきでしょう」
その手法は多岐にわたる。間違いなくアチョリー地方に隠れている、ここから離れてしまっては抗争を指揮できようはずがないのだ。国外から口だけで指示出来るほどの力までは持ち合わせていない。
「パンガ・マンドロ司令官というのが比較的情報が上がって来るな」
金に目がくらんで情報を売り渡す者が居る。恨みを持って敵に情報を流すものが居る。ライバルの足を引っ張る為に邪魔をする者が居る。集団は大きいほどに様々な亀裂を抱えて存在している。
「北に百キロ地点にあるキトグムで姿を見たというのが二日前の話です」
「姿を見て解ったんだ、無関係の者からじゃない」
裏切りだとしたら気分が良いものではない、だがしかし情報には報奨金を出している。ハマダ中尉にその役目を一任していた、志願してきたからだ。彼も思うところあって、マリー中佐の負担を減らしたいと考えたのだろう。
クァトロ戦闘団の統率はドゥリー中尉に任せ、全体を束ねる。歩兵の多くは民兵団の面子だった。フォートスター民兵団、ルワンダ民兵団を主軸に、ソフィア自警団あたりからも参加していた。指揮官は大尉らで、それらの司令はトゥツァ少佐に任せている。今ままで多数を指揮していたことが長い、慣れたものだ。
「地図を」
グレゴリー中尉がキトグム周辺の地図を広げる。四方に公道が延びていて、自由な移動が出来そうな立地といえた。珍しく市街地が中心部に固まっていて、周辺は平地とまばらな林、公道さえ封鎖しておけば逃げるのは困難にも思える。
「マンドロは自分を探す軍が居たら、逃げるだろうか、戦うだろうか、それとも隠れるだろうか?」
「戦いはしないでしょう。逃げるか隠れるか、どちらかです」
何せ司令官と言っても、武器補給などの兵站係で頭角を現した人物だと補足する。職種による卑下ではない、立派な役割なのだ。だが戦いが得意では無いのもまた事実といえた。
「逃げられてはたまらん。それと解るように公道に検問を置いて牽制しよう」
下手に動き回ればやぶ蛇になる、そう思わせるために何か一つ工夫をすべきだ。同時に注意すべきは検問部隊、分散配備すれば危険を等しく招くことにもなる。
「トゥヴェー特務曹長を呼べ」
今回は諜報面の不安から島が特別に彼を部隊に配備してくれていた。コロラド先任上級曹長はもっと広く自由な任務を継続している。すぐに黒い戦闘服姿のトゥヴェー特務曹長が眼前にやって来る。
「司令、出頭致しました」
「うむ。マンドロ司令官をキトグムへ釘付けにしたい、お前ならどうする?」
余計な制限をせずに望む結果のみを提示した。彼は数秒考えて口を開く。
「ルウィゲマ中佐、キトグムで監視中の犯罪者なりは軍で情報をお持ちでしょうか?」
「持っている」
前提条件を固める為に更に突っ込んだ質問が続く。
「AMCOの要請でその情報を利用可能でしょうか」
「可能だ。もしAMCOを伏せたいなら俺の命令でも」
責任の所在、それに功績の行き先を変えられることを意味している。マリー中佐は島からルウィゲマ中佐の功績大になるようにと訓示を受けていた。それになんの不満も無い、回避できるリスクは回避させる、判断の一助にしか考えていない。
「街道の封鎖、検挙行動、情報の逆流で街に釘付けに出来るでしょう」
「情報の逆流?」
今ひとつ理解が進まない言葉に首を捻る。マリー中佐が説明をするようにと促した。
「この四方へ伸びる街道へ封鎖部隊を置きます、相互に援護可能な距離になるよう、やや街寄りを想定しております」
地図を指差しながら順序だてて説明を行う。
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