第百八章 アフリカの巨人

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「犠牲になる犯罪者の検挙情報を地元警察へ流します、それを実行。二度、三度繰り返しながらわざと取り逃がし検問で拘束の事実を作ります。マンドロ司令官の居場所は不明と地元警察へ流しておけば、司令官のところへ所在を掴んでいないと情報が流れるはずです。下手に逃げ出そうとして封鎖部隊に拘束されるのは避けるでしょう」 「なるほど、信じたい情報を与えてやるわけか」  悪辣なやりくちはトゥヴェー特務曹長がコロラド先任上級曹長から学んだ。無論その先の手口も見聞きして覚えている。 「地元警察署長に絶対の秘密だと聞かせれば、より効果的でしょう」  誰もが知らないはずの情報を狙い撃つ、そんなエージェントが仕入れてきたものならば信用する。署長が漏らすこと前提での罠だが、心配しなくとも意図してかせずか関わらず、人は秘密を外へと出してしまう生き物だ。 「穴があるとしたら、早い段階でさっさと逃げ出してしまう部分か……」  極端に臆病で、囲まれる前に察知して逃走してしまう、充分考えられた。運を天に任せて実施するのは避けたい。こういった寝技は得意ではない、その為にマリー中佐に配属させた。 「上申致します。封鎖と前後して、グルー近郊でマンドロ司令官を目撃した等として、機動部隊を急派しておけば逃げ出すのをやめるでしょう」 「そうか、余計な注意を引きたくはないからな!」  少数では信用性に欠ける、多すぎれば戦力が不足する。敵地で孤立して行動し、意図を漏らさず演じきれる部隊。 「グレゴリー中尉、クァトロ戦闘団にグルーへの移動を耳打ちしておけ」 「イエッサ」  二百の機械化歩兵が丸ごと飛び出していけばただ事ではないのが伝わるはずだ。急報を受ける振りも忘れてはならない。そしてもっと本質的な部分もだ。 「あとは司令官の居場所を特定しなければなりませんね」 「そいつは必ず連絡が来る」  あの男がどこからか決定的な情報を絶対に持ってくる、そう信じて疑わない。最初はそうではなかった、だが今は違う。 「司令、四方の封鎖部隊ですが如何致しましょう」 「西はフォートスター民兵団、マスカントリンク大尉に命令を。北はルワンダ民兵団ウヌージュール大尉、東はケニア軍オバマ大尉、南はタンザニア軍メベナ大尉。本部は南に置く」  一応国際的な行動なので正式な名前で呼称する、だがルウィゲマ中佐が「短い呼び方はありませんか?」指摘してきた。 「部隊ではマサ大尉、ウニ大尉と呼んでいるが」 「それを使いましょう」  ウガンダ人や東アフリカの地域に無いような発音で長い名前は不都合だ、わざわざそう言うものだからそれを受け入れた。 ◇  クァトロ戦闘団がグルーへ向って数時間、陽が暮れて突如闇が世界を支配する。警戒しながら野営を実施する、非番者が睡眠をとり始めややすると、いきなりあちこちでうめき声が上がる。 「敵襲!」  警報が発令され即座に戦闘態勢がとられる。司令部に入ったマリー中佐は報告を受ける。 「部隊の一部が敵に奇襲を受けました。死傷者は確認中です」 「メベナ大尉はどうした」  駐屯部隊の責任者がどうしているかを尋ねる、そもそも銃声すら聞こえなかったのだ。 「防御を指揮しております。負傷者の治療も行っております」 「少数による侵入か?」  要領を得ない報告に次第に苛立ちを覚え始める、大切な部分が丸ごと欠けているのだ。 「敵の規模は不明。矢による攻撃で多数が死傷」 「それを先に言わんか! 各部隊投光器による索敵を行え、照明弾も投射だ、敵は案外近くにいるぞ!」  アチョリー氏族はその昔、子供達が弓矢で武装して戦いをしたことがあった。アローボーイズ、言葉が示すままだ。射程は短いが音がしないのが厄介だった。訓練度が低い兵に舌打ちしそうになる。  地の利は敵にある、暗闇は不利を際立たせる。あたりが照明弾で昼間のような明るさを取り戻す、やや先のくぼ地に人影が見て取れた。 「敵を発見!」  ここは戦場だ、相手が子供だろうと何だろうと、命をかけているのはお互い様だ。すぐに小銃で反撃が加えられる。弓矢と銃では話にならない、黒人の集団はすぐさま逃げ出していった。 「タンザニア軍が追撃に出ました!」 「馬鹿な! すぐに引き返させろ」  やられたらやり返す、それだけが頭に強烈に残ったようで飛び出していく。一直線に彼らを追うと、横合いから狙い済ました射撃が行われた。タンザニア軍がばたばたと倒れる、たまらずその場に伏せる。 「増援を出せ、伏兵を散らすんだ!」  浮かない表情のマリー中佐が眼前の対処を示し、その他の封鎖部隊の状況を報告させる。ルウィゲマ中佐が南封鎖隊の混乱を収拾、捜索を続行させつつ防衛線を縮小させた。 「司令、各封鎖隊は異常なしです」 「充分警戒させろ」簡易テーブルに拳を叩きつける「俺の不注意で部下を危険に晒した、未熟者が!」  詳細を指示しておけばこうはならなかった、やるだろうと思い込んでいたのはマリー中佐の失策だ。 「マリー中佐、こうなることは誰にも予測出来ませんでした」  ルウィゲマ中佐が不可抗力だと気にしないことを勧める。死者六名、負傷者二十五名の報告が上がる。一方で襲撃者の死体は十五を数えた。 「いや俺のミスだ。警備体制の確認を怠った」  もしここがクァトロの駐屯地ならばしっかりと出来ていた、つまりは部下任せだったということに他ならない。任せるのは悪いことではない、出来ているかどうかをチェックするのが上長の役目だ。 「死体をどうしましょう?」  そのままというわけには行くまい。手を顎にあててマリー中佐が少し考える。 「リーラ警察に引き渡すんだ、襲撃者だということを明示しておけ。遺体はカンパラへ送れ、国許へ送る手配を」  どんな勝ち戦でも死者は出る、家族にとっては大切な人が死んでしまった事実しかのこらないのだ。 「直属の長にそうさせます」  メベナ大尉にとって帰国後の家族訪問、大きな心労になるだろう。だがそれも将校の務め、軍に仕官したその日から覚悟は決めているはずだ。 「夜間警備の計画を提出させろ。各封鎖部隊にもだ」 「イエッサ」  グルー付近で数日捜索を続け、何も見つけることが出来ずにクァトロ戦闘団は帰着する。その頃には封鎖部隊もきっちりと検問を置くことが出来ていた。 「キトグム市の東地区、ナーシーズのウォーターバンプにマンドロの隠れ家がありやすぜ」  待ち望んでいた情報をコロラド先任上級曹長が持ち込んできた。街の地図を広げて印をつけさせる、丸ごと地区を囲んでも民家は五十軒そこそこでしかない。 「よくやってくれたコロラド先任上級曹長」 「そこにゃカトリックの教会が二箇所ありまさぁ」  面倒ごとになるかも、それだけ言うとさっさと司令部から姿を消してしまった。彼は自由行動を認められている員数外の人材なのだ。 「ルウィゲマ中佐、ナーシーズの西、ラボンゴ地区に居る犯罪者の情報を。そいつを包囲する名目で動くぞ」 「封鎖線はどうしましょう?」 「作戦中は総動員で封鎖を実施だ。包囲は本部で実行する」  半数が本部に列なっている、戦力としては充分すぎた。予備でクァトロ戦闘団を手元に置き、五百のウガンダ軍で摘発に乗り出す寸法だ。 「オーケイです、やりましょう」 ◇ 「ボス、ルワンダ国内の反政府組織が調停を申し出てきたそうです」 「調停? どうしたんだ急に」  調停者は汎アフリカ連合の理事が買って出たらしい。話し合いで解決出来るならばそれにこしたことはないが、どうにも胡散臭い。 「カガメ大統領への直接交渉を求めるとのことです。現在詳細の確認中です」 「そうか」  ――ルワンダ政府としては話を聞かんわけにはいくまい。だからと最初から大統領が出る義理も無い、担当閣僚が窓口になれば危険も少ないか。  いずれにしても今日明日の実現とは行かない、どこかで下準備をすることになる。島が勝手にそう解釈していた、それはカガメ大統領も同じだったが、事件は起きた。  中東アフリカ放送局、そこで調停にカガメ大統領が出席すると約束したと報道が行われた。それを確認もせずにルワンダ公営放送でも同じ内容を繰り返し放送してしまったのだ。すぐさま島は大統領に電話をした。 「閣下、イーリヤです」 「君か。どうやら放送を見たようだね」 「あれは一体?」 「一杯食わされたようだ。誤報と火消しすればきっと違反を責めて来るだろうな」  言った者勝ち、いつしか大統領が交渉するというのが規定路線になってしまっていた。政治攻撃だ、真実など誰にも解りはしない、水掛け論は結果支持を失うことに繋がる。 「では調停交渉に出席を?」 「そうなるな。キガリで行うことになるだろう」 「首都警備をお手伝いさせて頂きます」 「ブニェニェジ少将に一言指示しておこう」 「国家警察本部とも連携を」 「うむ、君は憲兵も経験済だったな。警察活動権限を付与する」 「微力を尽くします」  書類はすぐに届けさせる、大統領は関係各所に指示を出さなければならないと電話を切ってしまう。  ――どこまで予防線を張れるかだ、理事とやらが一枚噛んでいるのは間違いないな。  きっと国外の人物だろうと権限が及ばないのを想定しておく。部隊はウガンダで展開中、フォートスターも治安維持活動で精一杯、自分だけでやるしかない。 「サルミエ大尉、モディ中佐を呼ぶんだ」 「ダコール」  戦闘部隊は必要だ、だが今はそれ以上に情報処理の能力が求められる。警察関係者が部隊に混ざっていればと道筋を夢想しておく。  モディ中佐がやって来たのは一時間程たってからだった。待機を命じていたわけではないので文句は無いが、市内に居たならばもう少し早くやってこられただろうと感じてしまう。 「閣下、お呼びとのことで」 「うむ。近く俺に警察活動権限が付与される予定だ。部隊に経験者は?」  軍人、それも客将にそのような権限が与えられるとは驚きだった、しかし中佐は表情を変えずに即答した。 「警視正一名、警視二名、警部五名が指揮下にあります」  ――詳しいな。サルミエの奴が耳打ちしたか。  チラっとサルミエ大尉を見るが特に反応はない、一時間のうちに何をしてきたか、好意的に解釈することにした。 「警視正をここへ。首都の治安維持活動を行う。モディ中佐は戦闘部隊の統率を継続だ」 「承知致しました。部隊から警察官が抜けると、二百程欠員が生じますが」  島は微笑を浮かべてモディ中佐のおかわり要求に応えてやる。 「同じ条件で補充しろ、中佐に任せる」 「はい、閣下!」  この職場は最高だ。にやけたいのを必死に抑えて、モディ中佐は執務室を後にした。 ◇  ラボンゴ地区、そこへAMCO部隊が乗り込んでくる。地元の住民が何が起きるのかと陰から盗み見ていた。キトグムを包囲する軍兵は別に居て、その輪を縮めていた。 「タンザニア軍、準備完了」 「ケニア、オバマ大尉、命令待ち」 「フォートスター民兵団、封鎖維持」 「ウニ大尉、いつでもどうぞ」 「ウガンダ軍、配備についています」  マリー中佐の司令部に各部隊から報告が入ってくる。本部にはルワンダの民兵団とソフィア自警団、そしてクァトロ戦闘団が控えている。 「AMCO司令マリー中佐だ、摘発を開始する。抵抗は武力で排除しろ、ルウィゲマ副司令、作戦を実行しろ」 「イエス コマンダー!」  ラボンゴ地区に分散していたウガンダ軍、それが急にナーシーズ地区へ移動した。目標としていた相手を無視し、マンドロ司令官が潜んでいる場所を包囲する。 「捜索開始!」  日中の軍事行動、通報が警察にされるのと同時、アチョリー族のネットワークにも当然流れる。民族への暴行が懸念される、その不安を煽ってAMCOへの反感を誘う。  ウガンダ兵が十人一組で家を一件ずつ捜索する。このどこかに司令官が隠れているはずなのだ、コロラド先任上級曹長の情報を信じれば、だが。 「さあどうする神の抵抗軍」  やりたいようにやらせておけば現指導部の支持に関わる、早晩何かしらの行動に出てくるはずだ。 「フォートスター民兵団マサ大尉、司令部。西に赤黒青の軍旗を掲げた武装集団確認、一報で五百」  その軍旗は神の抵抗軍を示すもので、五百が全軍でないことは容易に想像出来た。 「司令部、フォートスター民兵団。その場で防衛を、内側から外へ逃すな。だが敵を内へ入れるのは構わん」 「マサ大尉、了解」  少しすると続報が入る。武装集団はCQ 311と呼ばれる小銃を装備していると伝えられた、その殆どが若い兵士とも。 「中国軍の武器です、スーダン軍への供与品でしょう。ウガンダの反政府組織に援助しているのです」 「グレゴリー中尉の言うとおりだな。やつらは自前で製造しているはずだ、類似品は払い下げってところか」  弓矢で攻撃してきたのは奇襲を目的としていたからに過ぎない。 「若い兵士の殆どが誘拐された子供でしょう。ですが彼らに選択肢はありません」  神の抵抗軍が各地で襲撃を繰り返し、子供をさらってきては少年兵に仕立て上げる。その軍勢の八割以上が被害者で編制されているとの報告が、ヒューマンライツウォッチからもたらされていた。では少女らはどうするか、多くが性的奴隷にされている。 「……俺は、それでも戦うなと命令することは出来ない。全て俺のせいにしたら良い、それで構わないさ。残された者の生きる目的を見出せるならばそれでな」  今まで島やロマノフスキーが引き受けてきた部分をマリーが背負う。 「もし誤りだと感じたら、それを諌めるのが副官の職務です。自分は司令の判断を尊敬します」  グレゴリー中尉が荷を一人で背負わないようにと言葉を添えた。マサ大尉から交戦を始めたと報告が上がった。 「捜索隊より司令部、全軒探しましたが目標が見当たりません!」 「必ず居る、捜索を続行しろ!」 「了解です」  住民の敵意を感じる、キトグム全体から人が集まってきた。これらのうちどれだけが敵の兵士なのかは不明だ。  難しい顔をしたままマリー中佐はじっとしている。そのうち北と南の部隊にも武装集団が攻撃を仕掛けてきた。 「捜索隊、まだ見つからんのか!」 「ルウィゲマ中佐です、逃げ出したような痕跡はあったのですが、姿がありません」  高位の人物が居たような形跡が見つかり、重点的に捜索しているが見つからないという。逃げるならば追えるが、隠れるとなればわずかな隙間さえあれば充分。 「必ず居る、何が何でも探し出すんだ!」  隠れている人間を見つけ出す方法、何か無いかとマリー中佐も記憶を掘り起こそうとする。 「マリー中佐、これをつかうのはどうでしょうか?」  オビエト曹長が懐中電灯のようなものを手にしている。グレゴリー中尉も首を傾げていた。 「曹長、それは?」 「はい。ゲームファインダーといって熱源を感知する道具です。床下に居ても見つけられます」  野生動物を撮影する時に捜索する為に持っていたと説明した。本来は狩猟などのときに利用するらしい。 「良いな! すぐにルウィゲマ中佐に届けるんだ、オビエト曹長が行け」 「ヴァヤ!」 「フォートスター民兵団、司令部。敵の新手が、増援を求めます」 「司令部、了解」  虎の子のクァトロ戦闘団を動かすべきではない、出せる増援は二つだ。 「ルワンダ民兵団、フォートスター民兵団の増援だ。部隊の南手に陣取り側面を守れ」 「ルワンダ民兵団ナシリ大尉、出撃します」  地元でも協力関係にある双方の部隊は顔見知りも多い。助けに行けと言われ士気も上がる。 「それにしてもアチョリー族の兵力は随分と多いな!」  目にしたものだけで既に二千を超えて来ている、恐らくは時間が経てば更に増えるだろう。問題は夜だ、このまま捜索が長引けば圧倒的不利に陥る可能性が高い。 「対人武装だけで見ればこちらと遜色ありません」  連射可能な小銃、それが行き渡っているならばあとは命の重み次第で天秤はどうとでも傾く。 「指揮とはそれを覆す為に存在している。俺は正義でも何でもない、だが負けることは許されていない」  マンドロ司令官を捕縛出来なければ敗北、軍に圧迫されて追い出されてもまた敗北だ。辛勝などという勝ちでも許されることは無い、マリーはハードルを上げてかかる。 「メベナ大尉より司令部、南方より大兵力が接近します! 封鎖部隊では抗戦極めて困難!」 「詳細を上げろ」 「機動車両を含む歩兵集団一千以上、守りきれません!」  千もの数を統率する指揮官が下位者なはずがない。全部隊の司令官が居るか、少なくとも次席者が存在しているはずだ。 「トゥツァ少佐、四方の封鎖隊の指揮を預ける」 「ダコール」  本部機能の多くを少佐に預けてしまい、側近を引き連れマリー中佐は装甲指揮車両へ飛び乗る。 「クァトロ戦闘団出番だ、敵の主力を相手取るぞ、準備は良いな!」 「ウィ モン・コマンダン!」 「アヴァンス!」  ドゥリー中尉、ハマダ中尉、ゴンザレス少尉、ストーン少尉とで部隊を四分割して指揮する。完全乗車の機動歩兵、三台の分隊が四つずつ、本部のみ専属護衛が付加されている。それらの半数が重機関銃を装備し、戦車以外の全てを破壊可能だった。分速二万発、横に広がり一斉射撃を行うと爆発音が響く。 「ドゥリー中尉、側面へ回りこめ!」 「ダコール」  給弾を素早く行い今度は各自のタイミングで射撃を始める、当てると言うよりはばら撒く、一々狙いなどする奴は居ない。  ストーン少尉が斜めに敵集団を攻撃して突き抜けようとする、相手は角度を得てしまい上手いこと反撃できないようで、外縁の少数のみが撃ち返して来た。 「やるなストーン少尉、流石だ!」  南アの軍事顧問だった経歴は伊達ではない、攻撃力ばかりが上がっている現代、少数が不利とは限らない。受ける被害は全滅までと考えれば、だが。  機動部隊が散開し襲い掛かってくる、数は多いが装備状況が芳しくない。なるべく連射を避けるようにしているのがわかる、すぐに弾詰まりを起こしてしまうのだ。 「こちらルウィゲマ中佐、地下道を発見! だがどこに続いているか」  すぐに捜索部隊を投入すると報告が上がる、マリー中佐は返事をせずに一考する。目の前の戦闘だけに集中してはいられない。 「マリー中佐だ、地下道に多量の発煙手榴弾を投入し蓋をしろ。出入り口の先を燻り出すんだ!」  かつてイエメンで島がファラジュの地下拠点を攻めた時、砂漠で煙が上がっていた光景が思い出された。すぐに了解が伝えられ、手榴弾が投入される。大分離れた場所、東の畑で薄っすら煙が上がっているのが発見された。  機動部隊が東へ向って進路を取っている、無関係な動きでは無さそうだと直観する。 「東部へ行かせるな! ゴンザレス少尉、頭を押さえろ!」 「ヴァヤ!」  小隊が唸りを上げて移動する、激しく機銃を連射し牽制、速度を鈍らせる。トゥツァ少佐の命令で東部の封鎖部隊から歩兵が一部スライドした。 「オビエト曹長、畑に熱源三! 人間です!」  本部の装甲指揮車両にも無線が入る。急ウガンダ軍の分遣隊が駆けつける、激しく射撃されて足が止まった。だが負けじと撃ち返しながら距離を詰める。今までの相手とは違い、全自動射撃で何のためらいも無く弾幕をはってきた。 「捜索隊、突入しろ!」  ルウィゲマ中佐の命令で部隊が強行突撃する、弾丸を撃ちつくし交換するタイミングで一気に接近され、ついにはもみ合いになる。そうなれば多勢に無勢、ついに拘束される。顔写真と人物を見比べて、それがマンドロ司令官だと確信する。 「目標を拘束した!」  マリー中佐はつい拳を握り声を漏らしてしまうが、すぐに冷静に戻り周囲を見回す。 「各部隊統統率を新たにしろ。敵の司令官を拘束した、残敵を散らすんだ!」  士気が上がった、各所で攻勢に移り変わる。もう封鎖を続ける必要は無い、縛り付けられていた兵力が丸ごと自由になった。 「マサ大尉、集団が西へ撤退していきます」  マリー中佐の目の前でも、機動集団が一気に逃げ出していく。海の潮が引いたかのように、急に流れが変わる。 「ルウィゲマ中佐、敵の一部が教会に逃げ込みました!」  これを攻めるのは政治的にも宗教的にも難しいものがある、躊躇して手を出せない。キリスト教国、様々制約があってしかるべきだ。 「俺はボスに神の抵抗軍を倒せと命じられている、ならばそれを遂行するのみ。各軍残党を追撃しろ! コンゴ民兵団ブナ=マキマ大尉、教会を包囲しろ!」 「ダコール!」 「マリー中佐、教会を攻撃する?」  不安になったルウィゲマ中佐が確認を挟んできた、部隊の殆どがキリスト教徒で構成されているAMCO、命じられても気持ちがいまひとつだ。 「敵が防御施設として使っているだけだからな」 「兵が命令を聞く?」 「ああ、問題ない。奴等にとって神はキリストだけじゃない、コンゴ・ンダガクには別の神が存在している!」  かつてンダガク族は部族そのものが全滅の危機に陥っていることがあった。ブナ=マキマ大尉が多感な頃、そして彼の部隊の多くが少年期だった頃、つまりはつい最近。 「コンゴ民兵団、包囲完了しました!」  教会に籠る敵が何事かを大声で叫んでいる、キリスト教会を敵にまわすのか、要約するとそんなところだ。マリー中佐も信教としては同じ、子供時分にはミサにも参加していた、が。 「ブナ=マキマ大尉、最後通牒を行うんだ」 「ダコール」  警告、これ以上の籠城をするようなら攻撃を加える、AMCOとしての義務を果たす。その先は現場の判断だ。 「不信人者!」  助かりそうもないと知って非難してくる、だがマリー中佐は方針を変えようとはしない。 「教会を利用する悪党風情が何を言うか! 主張を通したいなら自身の力で戦え!」  コンゴ民兵団が銃を構える、降伏する気がないことが解る。 「我等にはキシワ将軍のご加護がある、敵を殲滅だ!」  大尉の命令でついに一斉に踏み込んだ。島が聞いたら表情を歪めそうな一言だ、それを彼らは心の底から信じている。身近な守護者、生き神は存在すると。  激しい抵抗を受ける、だが勢いは攻め手が得ている。やがて銃声が聞こえなくなった。 「コンゴ民兵団ブナ=マキマ大尉より司令部。敵を殲滅しました」 「ご苦労だ。AMCO全軍に告ぐ、司令のマリー中佐だ。作戦は成功、各軍速やかに出撃拠点へ撤退する。殿はトゥツァ少佐に任せる」 「トゥツァ少佐、了解です」  教会攻撃に呆然としてた軍兵らも下士官の怒声で撤収作業に移る。軍の将軍などというのは政治家と同じで汚職の限りを尽くしているものではないのか、コンゴ民兵団の発言に疑問を持つ。 「マリー中佐、部隊は自分が指揮いたします。どうぞお休みを」  ビダ先任上級曹長が精神の疲弊を気遣って申し出る。一時間程の移動だ、彼の言うようにマリー中佐がいちいち命令する必要はない。 「すまんがそうさせてくれ、頼んだビダ」 「お任せください」  装甲指揮車両の椅子にもたれ掛かり大きく息を吐く。司令とは何百何千の命を預かる責任者だ、のしかかる圧力は尋常ではあるまい。マリー中佐が信頼の重みで潰れることがないよう周囲が支えようと真剣だった。
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