魔都

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「あーあ、死ぬかと思った」 私は出口に向かう人の波を抜け出して、大きく体を伸ばす。 だが、息を思い切り吸い込んだ瞬間、吐く様に咳き込んだ。 「煙(けむ)い」 上海(シャンハイ)の空気が塵と埃でいっぱいだという噂は本当だったらしい。 ――あれは、人の住むとこじゃない。 主家の奥様も訳知り顔で話したものだった。 「来たこともないくせしてさ」 一人ごちて私が歩き出す頃には、ホームはもう人影も(まば)らになっていた。 蘇州(そしゅう)と比べて、ここでは人が倍近くの速さで歩くらしい。 「ぼやぼやしてる暇はないわね」 私はお針道具の包みを持ち直すと、背筋を伸ばして早足で歩き出す。 もう日が傾きかけている。 夕方までには住み込みで働く店を見付けないと……。 思案しつつ駅を出たところで、思わず足が止まった。
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