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『満月の夜に』
「なぁ、運転手さん。あんた、知っているかい? 満月の夜には、凶悪犯罪が増えるって話……。月明かりが、人を凶暴にするんだ」
男は私に向かってそう言うと、虚ろな眼差しを窓外に向け、流れていく街の景色を目で追った。
「ええ、聞いた事はありますよ」
バックミラー越しに男の様子を窺いながら、私はそう答える。
タクシードライバーになって二十六年。この手の話を振ってくる客は、それほど珍しくはない。
何が目的なのかはよく分からないが、こういう連中は大概、雑学的な知識をひけらかし、得意気に鼻を鳴らしたがるのだ。
一介の運転手にそんな事をしても、大して意味など無いように思えるが、こういう客は黙って話を聞き、たまに感心しながら相槌を打ってやれば機嫌好く降車していくので、下手な酔っ払いを相手にするより遥かに接客は楽だった。
だから私はいつものように、客の話に静かに耳を傾ける。案の定、男は饒舌に語り出した。
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