文化祭

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『五月二十六日』 文化祭当日。 僕は正門前で受付係をしていた。 「あーあ、せっかくの文化祭なのに夏樹と二人で受付か……」   隣に座っている斎藤美希が、小さな声で呟いたつもりらしいが、バッチリ僕に聞こえている。 当日の文化祭実行委員は思いのほか忙しく、山本恭子も雑用で走り回っていた。 入場客が一段落し、他クラスの文化祭実行委員と受付を交代したあと、中庭に設置されている時計を見ると午前十時を回っていた。 僕は早足で体育館へと向かった。 喜多川の所属している吹奏楽部による演奏が十時から始まるから、見にきてくれと言われていたのだ。 体育館ではすでに演奏が始まっており、用意されていたパイプ椅子の観客席も半分以上は埋まっている。 僕は一番後ろの席に腰をおろし、始めて聞く吹奏楽部の演奏に耳を傾けた。 30人弱で構成された吹奏楽の公演は15分ほどにわたり行われた。 その演奏には、正直驚かされた。 生で聞く管楽器の迫力、見事な音の調和、学生たちの真剣な表情。喜多川が『かっこいい』と言った意味が、この時理解できた。 もっとも、演奏しているメンバーに当の喜多川の姿はなく、彼は演奏の合間にセットを移動させる係りに従事していた。 演奏が終了し、体育館を出た僕は、食堂前のスペースに設置された自分のクラスのブースへと足を向けた。 そこでは、四台設置されたカセットコンロがフル稼働して焼きそばの鉄板を温めていた。 そのうちの一台で、桐島淳弥が手際よく焼きそばをかき混ぜており、いつのまにか受付からいなくなっていた斎藤美希が桐島の作った焼きそばを皿に盛って並べていた。 すでに役割分担が決まっており忙しそうに動き回るクラスの生徒たちは、誰も僕のことに気づいておらず、僕は自分のクラスなのに場違いな気持ちにさせられる。 別の場所に移動しようと踵を返した時、後ろから桐島の声が聞こえた。 「おう、夏樹。受付ご苦労さん! 焼きそば一個食べてけよ」   桐島は大盛りの焼きそばの皿を僕に差し出した。 「……ありがとう」  
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