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こんな状況でもその言葉がきっかけとなり、二人の女が頭を過(ヨギ)る。
最初の嫁はんは気のええおしとやかな女やと思うとったのに、実は執着心と嫉妬心の強い性根の歪んだ気狂いやと解った。
そいつと別れてから暫く後に、未来永劫側におりたい思える女と出会うたけど、どない足掻いても引き留める事すら出来ひんかった。
今にして思えば‥‥良くも悪くも強烈な女子達やったなぁ。
苦い思い出だけではなく確かに愛しくも有り、楽しくも有った日々。
別れた嫁は押し掛けて京の町に留まり、死に物狂いで探した恋仲は哀しきかな、一夜の夢となって腕の中から擦り抜けて消えた。
その後再び、任務によって赤の他人と肌を重ねる機会はあれど、身体が熱を帯びる事はなかった。
自分でも解っていた。
全部持ってかれてもうて、俺はただの脱け殻や。
幸華が現れる前の生活に戻っただけだと言い聞かせ諦めたはずが、無意識の内に捜してしまう。
町中で似た後ろ姿を追い掛けたり、腕の中で悶える女の艶声と比較したりと、その往生際の悪さといったら己に吐き気を催すほどだ。
長州が同族殺しの幸華に抹殺指令を出して、かなりの月日が経つ。
生きているのか死んでしまったのか、それすら知り得る事が出来ない。
もう他の誰かに殺されとるかも知れへん。
けど生きとったら‥‥また生きとるサチに会うてもうたら俺は‥‥
俺があいつを殺さなあかん。
そんな日が来る事を嫌悪し切望する矛盾。
酒を一本飲み干してしまってから、狂気に侵(オカ)されている自身に苦笑いを零した。
琴尾の事、言えた義理あらへんわ。
「‥‥『狂の華 焦がれ散りゆく運命とも 愛いし楔に 永遠と契らん』‥‥‥か。‥‥‥女々し過ぎやろ、俺。」
こないなってもあいつに逢えたんを悔いてへんとか、苦しゅうて堪らんのに恨まれへんとか、阿呆にも程があるっちゅーねん。
箸で摘んだ芋を元の位置に戻して、箸も揃えて器(ウツワ)に乗せる。
小さくついた溜息は、また急に盛り上がった二階の騒ぎにかき消された。
※きょうのはな こがれちりゆくさだめとも いといしくさびに とわとちぎらん
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