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女…お松は立ち上がると、酒の用意の為に部屋を出た。
「少し予定が早まりましてね、今日の夕刻に入京しました。挨拶が遅れて申し訳ありません」
ゆっくり頭を下げた若い男。
「かまわんさ。君も疲れてたのに悪いね」
「いえいえ。京に入ったからには桂さんの顔を見ないと帰った気にはなりませんよ」
フッと笑った男…桂は顎に手を当て、相手の顔を推し測る様に見つめた。
「目的は僕じゃないだろ、栄太。だが…残念だったね。あの子は居ないよ」
よっこいしょ、と立ち上がり部屋の隅にあった莨盆(たばこぼん)を、栄太と呼んだ若い男の前に置き、再び座り込む。
「使うだろう?」
「あ、どうも。じゃなくて、どういう意味ですか」
少し眉を寄せた時、襖が開いて…お松が膳を運んできた。
桂は銚子を取ると持ち上げて、栄太へ勧める。
杯を差し出して酒を受けながらも、栄太は切れ長の瞳を桂から外さなかった。
「まぁ、飲みなさい。温まろうじゃないか」
桂はお松から酌して貰った杯を一気に煽る。
「…頂きます」
同じく、一気に酒を煽った栄太を、桂は改めて見つめ直した。
自分と負けず劣らず(劣っていると認めたくない)整った顔立ちの若い男は、普段は穏和で…黙って居れば、自分から見てもいい男なのだが…
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