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母が買ってくれたピンクの手袋をしても、冷たい風が通り抜ける寒い朝。
自然と自転車の速度も遅くなる。
彼はベンチには座らず、桜の木を眺めていた。
花も葉も無い桜の木を眺めていた。
それはまるで別れを告げるかのように、木と彼が名残惜しくも最後の会話を楽しむように。
彼は黒いコートのポケットに手を仕舞い、寒そうに肩を竦めていた。
終業式の朝。
初雪が私の頬を撫でた朝。
彼は居なくなった。
ベンチに彼の姿は無かった。
次の日も、次の日も。
それからずっと、ベンチの空席が埋まることは無かった。
それでも私の心には彼の影が見えた。
柔らかい君の影。
光に包まれる君の影。
光は広がり、次第に君の影は薄くなる。
私は新しい制服の袖に手を通す。
春。
桜色に染まる君の影に手を振った。
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