夏の夜

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   がさがさと草を分ける音がした。夜の森で立つこのような音、それを誰が立てているのか、自分にはいつも不思議だった。まるで、他人を脅かす為に立てる音。その身を隠しながら脅迫する、背反の行為。 「誠治、そっち行った!」    一際大きな音が立ち、そして草薮の中から黒い生き物が現れた。二足歩行、肺呼吸、生体的に人間と似通った特徴を持ちながら、人間とは全く異なる生物。    吸血鬼。それがこの生物の呼称。    遥かな昔から人間と敵対し、その実、伝承の通り闇に身を潜め、そして人間を喰い物にしてきた怪物。闇と一体化し、そして相手を闇に引きずり込む異形。十字架? 葫? そんなものでは倒せない。この害獣を斃すのはただ一つ。    構えていたナイフをその生物の腹に突き刺す。    祝福された刃、唯此れのみである。    何百年も前に書かれたというヴァンパイアハンターの手引書通り、今のところこの方法しか見つかっていない。それもただの刃物ではいけない。本来の複雑な手順で祝福を受けた聖遺物、この生物に致命傷を与えるには、そうまでしなければならないのだ。  石油のようにどす黒い血が噴水のように噴き出る。びちゃびちゃと不快な粘度をもった液体が顔を撫でる。しかし、手を緩める訳にはいかない。更にナイフを抉りこむ。まるで粘土を刺しているように、ずぶりと刃先が飲み込まれていく。薄気味悪い。人もこんな感じなのだろうか。
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