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か細い声で彼女は求める。
「キス……して……ください……」
顔を上気させ、朱色に染める。
僕は、彼女の頬に触れ、そっと、壊れ物を扱うような接吻をした。
薄い唇の温もりを感じる。
だが、それでは、満足できずにより、僕に深い口付けを求めてくる彼女。
貪るように、欲しがる。
けど、僕は与えない。
与えれば最早、それは罰にならないからだ。
だから、こうして、残酷なほどに焦らす。
「どうしたの? もも 」
本名を呼ばず、前に僕に教えた偽名を呼ぶ。
そちらのほうがしっくり来るのだ。
「もっと……ください……」
潤んだ瞳にねだられて、僕はついつい甘やかしてしまう。
いけない、と思いながらも彼女の要望を受け入れてしまうのだ。
情けなさに苦笑しながらも、彼女の唇とまた重ねる。
唇から微かに零れる吐息は、いかにも誘っている風。
メインディッシュは、これですよ? と言ってるようだ。
「んっ……んっ……」
甘い吐息は僕の耳と脳を支配する。
あぁ、ダメだ。
これ以上は……。
僕はなけなしの理性をふるって、彼女の唇を解放する。
グロスのようにテカった唇は僕の唾液の痕か。
拭わずに、彼女は舌で舐めとる。
赤、というのは不思議な色だ。
人の扇情をそそる。
現にこうして、僕は彼女の濡れた唇と赤い舌に欲情している。
「ねぇ……久しぶりに…」
言いたいことは解ってる。皆まで言わせないつもりだ。
僕は彼女の唇に指を当てる。
挑戦的な唇の赤と、戸惑い困っているような伏し目がちの瞳。
ギャップにやられてしまうのはこのことか。
「もも、今は何の時間? 」
諌めるような口調で訊ねると俯く。
解っているのだろう。
戯れが過ぎればまた、同じ過ちを繰り返すことも。
彼女はうつむいたまま黙り込む。
だが、しかし、僕はそれを許すつもりは毛頭ない。
僕を誘惑した罰だ。
彼女の顎に手を添え、前を向かせる。
瞳を逸らし、困ったような表情をする。
「なんの時間か答えられないのかな? 」
敢えて低い声。少し脅してみよう、そう思いながら、彼女の瞳の先に視線を合わせる。
怯えたように、目を泳がせた。
「ごめん……なさい……」
謝る彼女に追い討ちをかけるように言う。
「謝罪が欲しいわけじゃないんだよ? ただ、今は何の時間なのか? それを聞いてるだけ」
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