本物の王子様たち

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馬車に揺られて離宮に向かう道中にいつもおもう。ここはどれだけ広いんだろうって。 僕は別に子供が好きじゃない。しれでも頻繁に行き来するのは、『王子教育』というものが想像していたよりも辛いからだ。 最初はまだよかった。 座学が主だったし、前世の記憶があるからそれなりにはこなせていた。 だけど立ち居振る舞いとかの授業が追加されると、知識も経験もない分苦戦した。 立ち姿、歩き方、座り方。カップの持ち方、音を立てずに食事することができるようになることに、何の意味があるの?教師の御眼鏡に適わなかったらピシリと鞭で打たれるせいでシャツの下の腕は痣だらけだ。 そして謝罪なんかなくこう言われるのだ。 「王子様なのですから、これくらいは出来ますでしょう?」と。だからといってようやっと努力して出来ても「王子様さすがですわ」って。 僕が今教わっていることは「王子様なら出来て当たり前」な基礎だっていうのはわかっているけど…痛いし、辛いのは辛い。 それに、あの痛い鞭のせいで嫌でも理解した。 前世知識があるお陰で簡単だった座学も誉め言葉は同じ「王子様さすがですわ」だった。 アレは誉めていたのではなく、出来て当たり前のことの及第点の意味だったんだろう。 僕の努力を認めていたんじゃなくて、…単に、教育係の進捗確認というだけのこと。 『えらいね』『すごいね』『がんばったね』そういえばそんな言葉前世でも掛けてもらったことないや…。 お母さんはいつも不機嫌で、僕の小さな失敗もこの世の終わりみたいに怒鳴っていた。 ううん、ちがう。失敗しなくても求められること…及第点に満たなかったら叩かれていた。 (なんだ。結局…おなじじゃん。) 生まれ変わる前も、生まれ変わった今も。 憧れて胸がときめいた世界に主人公として生まれたのに、僕は何をしても褒められることはなくて。 愛されるには努力をしなくちゃいけなくて。 努力をしているつもりでも、それが相手にとって足りないと愛してはもらえない。 夢みたいな転生に浮かれて、物語の通りにすればいいとおもっていたのに。そうすれば僕はみんなから愛されるはずだって。 ―――揺れる馬車が向かうのは、この世界での現実だ。 まだ右も左もわかっていないのに用意された義務が待っている。 ラファイエットとエリオットは愛し合っていないのに暫定婚約者で、もう子供が居るから形だけの結婚をさせられる。 あの物語みたいに、ジークフリートと恋に落ちなかったのが悪かったのかな。 でもどうやって一目惚れしたらよかったの? 先に知っていたのに一目惚れなんかできないし、されもしなかったのに。 唯一この世界で僕に優しかったのはルマンディオとその母親である誘拐犯だ。僕を15年間も育てたお母さん。厳しいけど優しくて、前世では得られなかった愛情を僕にくれた。…って、前世記憶が戻る前のエリオットの記憶が教えてくれた。 母子だからなのかな、そういうところがルマンディオに似てる。 他人なのに。放っておけばいいのに。むしろ敵なのに。いつも心配したり優しくしたりして…嫌いになって憎んで目の敵にしなきゃいけないのに、出来なくて。させてほしいのに。 ちゃんと悪役になってよ…。 蔑ろに惨めに育ったなら、王宮に入った後も虐められたなら…憎んだ。嫌いになった。なれた。 だけど… 「お母さぁん…」 前世で得られなかった愛情を僕に最初にくれたひと。庶民なのに貴族の最低限の作法を教えるときは厳しくて、でも出来たらちゃんと褒めてくれて。いつもギュッと抱きしめてくれて…もう一度だけでいい、会いたい。 僕のせいで罪人として投獄されているお母さんに、会いたい。本物の母親じゃなくたっていい。 あの愛情が嘘だったとしても、いいんだ。 もう一度お母さんに会うためには、僕は王太子にならなきゃいけないっておもったからがんばったのに。でも、もうどう頑張ったらいいのかもわからないし、王太子という座があまりにも遠くて…もうルマンディオでいいんじゃないかって思えてきてる。 彼は優しいし親切だからきっとお母さんを助けようとするだろうし…お願いしたら合わせてくれるかもしれないし。
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