鹿

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痛い 痛い、 古傷でも駅のホームで騒ぐ中学 2年生でもない。 でも、ずっと治らないの。 「行きなさい」 「やだ」 母親のうるさい小言ほどうるさいものはない。 そのため息は何度幸せを逃した だろう。 掃除機をかける母親の背中を 睨む。 背中に目があるのか、僕の視線に気付き振り返ってまたため息。 「行きなさいって」 話を途切れさせるため、煎餅を かじる。 開けて何日も経ったそれは嫌な 音が頭に響く。 泥の味がする。 馬鹿みたいだ。 僕は煎餅なんて嫌いだ。 掃除機をかけ終えた母は、 湿気たものを避けて新しい煎餅を出した。 僕の向かいに座って広告を 広げる。 僕は湿気た煎餅を置いて首を 伸ばす。 ちょっと見にくいけど見えないことはないから、隣には行かない。 うわ、馬鹿高い。 僕は高価なものなんて嫌いだ。 母は自作の歌を歌っている。 機嫌でもいいの?どうしたの? 僕は機嫌が悪いよ?どうしよう? 僕は歌なんて嫌いだ。 「そういえば、宿題は?」 とっくに終わっている。 馬鹿にしないでくれ、苛立つ。 僕は数学を解くことに時間を 費やす。 何度も考えて書いて消して書いて丸がもらえたときは、死んでも いいと思う。 今週の宿題は歴史だった。 歴史は夢だ。 感動も興味も理想も期待もない。 事実かどうかも分からない。 まるでファンタジー。 これが馬鹿な僕の馬鹿な持論。 僕は歴史なんて嫌いだ。 「お母さん」 湿気た煎餅をかじった。 痛い、やっぱり痛いんだ。 古傷や駅のホームで騒ぐ中学 2年生なんかよりずっと。 馬鹿な僕はきっと泣くんだろう。 そして、馬鹿に成長するん だろう。 鹿煎餅で餌付けして。 詩歌を聞いて。 市価の数字を眺め。 史家になって。 僕は歯科なんて嫌いだ。 「歯医者さん、いってくるね」 生まれ変わったら 鹿になりたいな。
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