第三十話 帝国

18/25
25657人が本棚に入れています
本棚に追加
/988ページ
 ヴァイア帝国皇帝ウルリナ・クリスレーテ・ジャンヌ・マリー・ヴァイア。彼女は天才を超えた化け物で、常識を逸脱した一種の怪物。人の姿をした、人為らざる者だった。  生まれつき周りの人間が馬鹿で馬鹿で仕方がなかった。  軍部の参謀共も、大臣共も、宮廷魔導師共も。  皇帝であった父も、母も、兄も、姉も、誰も彼もが。  まるで話が合わなかった。全く以て噛み合わなかった。  話を合わせるのに苦労した、何故馬鹿に合わせねばならないのか理解出来なかった。  何故一を聞いて十を知れない。  何故十を聞いて一すら知れない。  本当に同じ生き物なのか? 本当に同じ人間なのか?  否、違う。  此奴らは人間なんかではなく、人間に似た何かだ。  私こそが人間なのだ。  だが何年経っても同じ人間に出逢う事は無く、どいつもこいつも知能の劣る猿ばかりで。  ある日彼女はこう結論付けた。  此奴らこそが人間で、私は人間を超えた何かなのだと。  まだ二桁にもならない年齢で彼女は全てを諦めた。  世界は馬鹿で溢れてて、低脳の猿ばかりが蔓延っていて、そうして世界は回っていると。そこに私が関与する意味も必要もないのだと。  公国には【思考の神の加護】をもつ少女がいるという話を聞いた。同名の神の加護は同じ時代に発現しない為、きっと彼女のこれは別の神に授かった加護だ。  彼女はこの力を【思惟の神の加護】と呼ぶ事にした。  力を隠し、知能を隠し、口を閉じ、御飾りの皇女として過ごす日々。一回り離れた猿の中では有能な兄が皇位を継ぐのは目に見えていて、それを邪魔する気など欠片もなかった。  何故私が猿の国を率いねばならないのか。  皇位継承権第七位程度の小娘が兄から皇位を簒奪するのにかかる手間を考えると、実に割に合わないものだ。彼女にとって皇帝など何の価値もないもので、興味も何も沸かないものだったから。  このまま御飾りの皇女としての皮を被り、政略の道具となる。父上の代が終わったとしても、誰が皇帝になったとしてもその役目は変わらない。  どこぞの公爵家か、軍部の頂きたる元帥の一族か。  血筋と伝統に縋り付くクソ共の何れかに嫁ぐのだろう。  所詮ウルリナは皇位継承権第七位、更には女性が皇帝になった事は歴史上一度も無い。  見ず知らずの低脳な猿に嫁ぎ、女として尽くす。  そうして死ぬまで自分を偽り続けるのが彼女の人生だ。  
/988ページ

最初のコメントを投稿しよう!