第三十話 帝国

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 心に在るのは決して消えない憎悪の焔、無力だった己を憎む憤怒の灼熱。その炎は絶えず変わらず燃え盛り、永久不滅に荒れ狂う。  少佐はきっと今でも自分を赦せないのだ。  だから代わりを自称する、先代のその代わりを。  いつの日か帰ってきてくれると健気に願う、主人の帰りを待ち望む忠犬のように。 「俺はあの人の代わりだ、この俺こそが先代の代行者だ」 「代行、どの」 「もう奴等も敵じゃない、俺は高みに立ったんだ」 「少佐どのっ」 「【天魔】にすら手が届く程に、人類の到達点に、常識を逸脱した人外の領域に、俺は登り詰めたんだ」 「─────ヴォルっ!!」  濁った瞳で虚空を睨み据え、自身に言い聞かせるように呟く上官に、共に血反吐を吐いてきた同期に、中尉が詰め寄る。 「……………なんだ、どうした」 「少し休みましょう? ここ暫く気の緩めない状況にあったんです。昼食を摂って、ベッドで横になりましょう?」  濁った瞳は徐々に戻り、意識も此方に帰ってくる。 「………ああ、そうか、そうだな」 「久し振りの温かい食事です。ほら、スープもありますよ」  幾多の死の経験と形容し難い極限の苦痛とを引き換えに得た【英雄】にも比肩するその力。  幾重にも積み重ねてきた努力と生まれ持っての才能を土台に、禁呪をもその身に喰らって得た人外の力。  しかし代わりに、危うさを手にしてしまったのかもしれない。 * 「へ、陛下!? 今までどちらに」 「私の可愛い大隊を労いに出掛けていただけだ。一々騒ぐな、煩くてかなわん」  ヴァイア帝国帝都【ヴァールシュナイト】。  帝国を象徴する皇宮【エヒトムート】にて数日振りに帰還した皇帝の姿があった。供も連れず、誰にも告げず、愛竜と共に突如姿を消した皇帝。  皇宮内は当然混乱の極みにあった。  事情を知る全ての将兵が皇帝の捜索に出ており、秘密裏に憲兵隊も総動員で帝都中に展開していた。  しかしながら見つかる訳がない。  皇帝は帝都より遥か南の砦に足を運んでいたからだ。 「休みなく飛んだせいで私の白竜は酷く疲れている、コカトリスの肉をふんだんにくれてやれ。今し方竜舎に飛んでいったばかりだが、大急ぎでな」 「は、はっ! 至急御用意致します! 陛下はどちらに?」  足早に歩く皇帝はその歩みを一切変えず、振り向く事もなく後ろ手にこう答える。 「謀略を練る。帝国の繁栄の為のな」
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