第三十話 帝国

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 そうだ、それが彼女の人生で、定められた辿るべき道程。  己以外の全てを見下しながら望まれた通りに生きて、死ぬまで自分を偽り続ける。  低脳と見下す猿共に従って、死ぬまでそれを繰り返す。  ───────ふざけるな。  心に灯った反逆の焔。湧き上がった怒りの感情。  何故私が猿に従わねばならない、何故低脳共の望むままに生きねばならない。私は私だ、私は私だ。私はお前達の道具じゃない、道具になるのはお前達の方だ。  どうせ言い様に使われるだけの人生なら命を賭して全てをひっくり返してやろうじゃないか。能力を見もせずに血統を優先とし、伝統に縋り付く肥溜めのようなこの世界を。味方は居ない孤軍奮闘。いいだろう、上等だ。猿が相手ならば丁度いいハンデとなろう。  殺そう、父を、兄を、邪魔をする総ての者を。  壊そう、くだらない伝統も何もかもを。  帝国全土をひっくり返し、全ての無能を排除しよう。  そして創るのだ、私だけの理想郷を。  私が支配するに相応しい国を。  男も女もない、血統も伝統も取り払った、有能な者が成り上がれる理想の世界を。  たのしみだ、ああたのしみだ。  二桁にも届かない少女の皮を被った化け物が己の野望を果たす為に行動を開始した。今日この日、この瞬間をもって、帝国の勢力図は一変する。  天魔の一人を口説き落とし、彼女のもつ私兵を借り受け、水面下で準備を進めていったウルリナ。邪魔となる兄弟姉妹を暗殺し、目障りな猿共を失脚させ、時には殺し、時には脅し、裏から帝国を引っかき回して───。  それから五年後、彼女は皇帝となった。  病床に伏していた父を手にかけ、帝国の全権限をその小さな手に握り締めた。全ては理想郷を創る為に、無能が蔓延る帝国を変える為に。  法令の改正、軍閥の改革、貴族の粛清、新兵器の開発、軍隊の再教育、公共施設の増加及び一定水準以下の国民への無償提供化、国道の拡張、義務教育の導入、魔法適性検査の義務化、対魔王・対敵国に対応する「強兵計画」等々、新皇帝の政策は多岐に渡り、帝国は変貌していった。  反対する者を武力で脅し、排除して、独裁権を築いた。  無論反対勢力は存在した、貴族の中にも、軍属の中にも。  だが彼等は知っている。新皇帝の手勢の中に潜む【黒】の存在を。黒の幻影に怯え、彼等はただ震えるしかない。  粛清されぬように、全てを受け入れるしかなかった。
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