茅夏の場合

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「なあ、試食のラーメンうまかった。夜ラーメンにしない?」 「ええ? 私、今日はシチューが食べたい。もうじゃがいもも鶏肉も買っちゃったもの」 「作ってもらえるんだから、文句言っちゃダメか」 既に手にしてた袋入りラーメンを、圭介は未練がましく棚に戻そうとする。 「あ、待って」 「ん?」 「じゃあ、いいよ。シチューは明日にするから」 圭介の手から、奪い取ったそれを、茅夏が乱暴にかごに入れると。 「やりぃ」圭介は破顔する。 まだ茅夏は料理がうまくなくて、手際も良くなくて、先に麺だけ茹でてしまったが、スープと具材が間に合わず、出来た頃にはのびきってしまってたラーメンを、圭介はそれでも美味しそうに啜ってた。 あの頃の方が、圭介優しかったな。けれど、もしかしたら同じ事を圭介も感じてるのかもしれない。 夫婦なんて合わせ鏡みたいなものだ。優しくされれば嬉しい。愛されれば、愛しい。冷たくされれば、他人からの同じ仕打ちよりも、余計に反発も文句も多くなる。 「ママ今日はハンバーグだね」 5歳くらいの男の子が、自動ドアから出てきた瞬間に、言った言葉が茅夏の耳にも飛び込んできた。 (ああああっ。昨日買ったひき肉、冷蔵庫に入れっ放しだ) 圭介の好きなハンバーグ作ろうと思って買ったのに、今日までだったじゃん、賞味期限。 冷蔵庫を開けた圭介が、食材の賞味期限に気づくとは思えないし、気づいたところで、使ってくれたり、冷凍保存してくれたり。 (…ないよなあ) 100グラム88円の特売で買ったお肉、328グラム。腐らせるの忍びない。 そして、勢いのみで出てきてしまったものの、少し冷えた身体と頭に、それはちょうどいい口実にも思えた。
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