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3月14日
仕事を終えて、和紗が来るのを車の中で待っていた。
桜の蕾をフロントガラス越しに眺めながら和紗を待っていた。
桜の蕾が淡い月明かりに反射して風に揺れる度に、和紗と初めて歩いたこの場所のあの日の和紗を思い返していた。
……、あの人を忘れ、臆病者を捨てた。
「ごめん、待たせちゃった?」
和紗がそう言いながら助手席に乗り込んで来た。
「大丈夫、少し歩かない?」
「うん!」
屈託のない和紗の笑顔が勇気を運んで来るから不思議だった。
ほんのひと月前のオレだったら和紗の笑顔を見る度に、臆病者の嫌なオレが胸を締めつけていたのに……。
「……、和紗?」
声にならない言葉で和紗を呼んで、和紗の手を握った。
なにも言わずに和紗はオレの手を握り返してくれた。
会話のないまま暫く桜蕾の並木道をゆっくりと、同じ歩調で歩いたんだ。
「……、友達契約破棄して欲しい」
「うん!」
「ありがとう」
「……」
同じ歩調を止めて、和紗を真っ直ぐ見た。
「……、友達契約を破棄したけど、恋人契約はしないよ?」
「えっ?」
「ずっと、オレは変わらないから」
「……」
和紗の瞳に映る淡い月明かりがきらきらと輝いていた。
「契約なんて必要ないよ」
「……、うん、けど健太がこの先一緒に居てくれる保証はないよ」
和紗の言葉が臆病者を運んで来た。
けど、今のオレは臆病者なんかじゃなかったんだ。
「先のことなんて分からなくて当たり前だよ。 だからそうならないように和紗を愛していくんだ。和紗もそうあって欲しい。 じゃなきゃ、恋愛は成立しないよ……、そう思う」
和紗は静かにオレの胸に頬を預けた。
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