~第三章~『残念な俺と体育祭』

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「さて……と冗談は終わりにして」  冗談だったのかよ。  俺は呆れてため息をついた。でも、どこか生徒会長といると楽しいと感じていた。  でも、やはりいつものパターンだ。  幸福が、一瞬で転覆する。  生徒会長は一息つくと、『場の空気を入れ換えた』。これは比喩でもなんでもない。  その言葉の通りに、今までのほのぼの空気を、おちゃらけた雰囲気を、一瞬で入れ換えた。  まるで、世界が反転してしまったかのように。 「水蔕君。なにか困ってるでしょ? 相談してみなさい?」  そして、生徒会長の口から吐き出される言葉。端から見れば普通の会話だ。  でも俺にはそうは感じられなかった。  さっきの恐怖よりも純粋なる恐怖。心が押し潰されそうになった。  でも、少しだけ反応に遅れたが、俺は返事をする。 「はい? なにをいきなり言っ、」 「良いから早く言いなさい」  ニッコリと笑みをこぼした、可愛い表情だった。でも、違う。なにが違うかわからない。  否。わかりたくないんだ。  これが、ついさっきまで馬鹿っぽく笑いながら馬鹿な行動をしていた、生徒会長なのか信じたくないんだ。  満面の優しい笑顔だ。逃げようと思えば余裕で逃げられる。  でも、それを、生徒会長自らが許さない。  違う。目の前にいる生徒会長はなにかが違う。 「えっと、その……」 「うん?」 「体育祭の特別競技。俺は取り消してもらえないかなー、なんて……思ってたり」  我ながら情けないほどの小さい声だった。  うぅ……泣きそう。 「ぷっ……」  でも、また生徒会長は空気を入れ換えた。反転、転覆、反復。 「ダメダメ! 今から取り消しても棄権とみなして女装してもらっちゃうよぉ!」  おちゃらけた生徒会長が、俺を指差しながらおちゃらけた雰囲気で言ってきた。  俺はなにが起こっているのかわからずに、ただ「あはは」と笑っていた。 「むっ、もうこんな時間か……じゃあ水蔕君! 一時限目からは授業出るように!」  「じゃ」と片手を挙げながら小走りで去っていく生徒会長は、途中で「あっ」と声をあげて止まり、 「私は夜与野 瞳(ヨヨノ ヒトミ)! 街角クイズやっちゃうから覚えといてね! 今度こそバイバーイ! また会おうね!」  そして、生徒会長は去っていった。  俺に、手汗という名の恐怖を握らせて。
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