ささやかな事件

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「笹丘さんを引っ張り込んだのは誤りますけど。この上彼女に『お願い九音寺くん』を言わせますか」 はっきりと嫌悪の色を浮かべて、零が仁科を睨んだ。 「帰れ」 口調は変わらない。 しかしそれまでとは比べものにならない怒りの感情を零から感じて、鈴は自分の体が小さく跳ねるのを自覚した。 零が気配だけでそれに気づいて舌打ちをする。 言い過ぎた、とばかりに仁科が眉を下げたがもう遅い。 深々とため息をついた仁科は、しかたない、と言いたげに口を開いた。 「九音寺くん。青葉製紙をご存じですか」 更に空気が変わる。 零の意識が、仁科の言葉に集まって、急速に不穏になっていくのを、鈴は感じた。 「青葉製紙ですよ。吉野さんと高野さんが勤めている会社で、創業100年の歴史を誇る製紙工場を持つ会社だそうで、お二人はその企画部に所属しているそうです」 (なんだか恐い) 零が静かに顔色を失っていく。 もう十分に、零は仁科の言わんとしていることを理解している。 そんな気がした。 それでも仁科は言葉を続ける。 まるでそれが切り札だと言わんばかりに。 「企画部の部長が、九音寺創(ハジメ)さんというそうです。聞き覚え、ありませんか」
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