時航機の謎 其の壱

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ミヤケンこと宮田健一は朝から下痢をしていた。どうもゆうべ『居酒屋・青提灯』で飲んだ、焼酎の牛乳割りがいけなかったらしい。 「今日が初出勤だってえのに、まったくついてねえ……」 洋式の便器に腰掛けたまま、ミヤケンが独りごちた。身長百七十センチと小柄だが、鍛え上げた筋肉隆々の体は五十歳を過ぎた今でもいささかも衰えてはいなかった……と言いたいところだが、去年の暮れに、二十年間勤め上げた殺人課の刑事を退職してからというもの、浴びるほど痛飲したアルコールと、寝てばかりいた不摂生な生活のおかげで、ブクブクと皮下脂肪と贅肉が付き、愛想を尽かした妻と娘は熟年離婚で彼の退職金の大半と彼が購入した高層マンションと共に煙のように消え、気がついたら船の汽笛が聞こえるワンルームのおんぼろアパートの一室で、春を迎えようとしていた。 彼が殺人課の刑事をお払い箱になった原因は、近年急速に組織化が進んだ『タイムエックス社』と『時航警察』のせいだった。明成十年十月二日、天才科学者ガラリオ博士が発明したしたタイムマシンモデルを元に、タイムエックス社が時航機を製造開始。政府はその使用を殺人事件の捜査のみに限定、時航警察と呼ばれるエリート数十名を養成し殺人事件の犯人を片っ端から検挙し始めた。 時航警察の捜査は、じつにスピーディーで簡単であり、ミヤケンほか旧石器時代の刑事たちが地道に展開してきた、足を使った聞き込み捜査など彼らには無用の代物で、しかも犯人の特定率は百パーセント正確無比であり、いかに犯人がトリックやアリバイを捏造しようと微塵も通用しなかった。 なぜなら、彼ら時航警察官は事件現場の検証にタイムマシンを駆使し、殺人が起こるその瞬間にタイムリープ。犯人が殺害に及ぶ一部始終をあらゆる方向から記録するからである。犯人の身元が特定されしだい、即逮捕となりその記録が動かぬ証拠となって犯人の前に突き出される。
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