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「姉ちゃーん、セミ捕まえたーっ」
夏の暑さを吹き飛ばすような、無邪気な声が山に響く。
素手でセミを捕まえたドヤ顔の少年は、捕獲したばかりの獲物を姉に向けていた。
「祐希、お願いだからソレお姉ちゃんに近づけないで」
木から少し離れた山道に立っていた少女、祐希の姉は思わず後ずさってしまった。
逃げようともがくセミの腹の部分。バッチリ見える六本足の動きは、彼女にとって恐怖の対象でしかない。
少年というものはとにかく虫が好きだ。
セミやクワガタ、カブトムシあたりは特に人気が高い。
この石原祐希もその典型。ドヤ顔で姉に見せびらかしたところ、拒絶されてしまったが。
女子が虫を嫌うのも世の常である。
更に言えば、小学校低学年の弟と高校二年の姉ではたいていのものごとに関して価値観の違いは否めない。
「わかったー」
少年は、セミを掴んだまま姉の元に駆け寄ってくる。依然ドヤ顔のまま。
「祐希? あんた絶対わかってないよね? なんでソレ持ってこっち来るの」
「あははー」
「あははー、じゃないっ!」
姉のミドルキックが少年の腹めがけて飛んできた。
「……いってぇ」
祐希は目を覚ました。
場所は高校の教室。
窓側真ん中辺りの自分の席……付近の床。
夏なのでまだ日は出ているが、帰りのホームルームが終わってしばらく経つのだろう。教室にいる生徒はまばらだった。
「ユウちゃん、あたしが起こさなかったら学校に泊まるつもりだったの?」
「へ?」
祐希はまだ夢の余韻から抜けきれない状態でミドルキックの真犯人、岸朱音を見上げる。
「あぁ、朱音か」
「あぁ朱音か、じゃない!」
「なんか夢でも似たようなこと言われた気がする」
「あたしに?」
「いや」
祐希は考える。
まだ鮮明に残っている夢の記憶だが、姉の正体は不明。
一人っ子だし、歳の差で考えても従姉妹や近所のお姉さんにも該当する人はいない。
「多分、会ったことない女の人」
「美少女だった?」
「どうだろうな。俺小学生だったし気にならなかった」
「ふぅん」
特に気にする様子もない朱音はさっさと教室を出ていく。
祐希は慌ててその後を追いかけた。
二人は別に付き合っているわけではない。
単純に幼なじみで帰る電車が同じなだけだ。
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