死刑囚

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永井は今どういう気分何だろうか? 俺はそれがとても気になった。 本当に憎しみの感情だけなのか、唯一の兄弟との対面にどう感情を表現していいのかわからないのではないか? そんな俺の勝手な期待を含んだ想像だが、初めて見せた緊張感から強ち間違いではないのだと感じている。 「到着いたしました。お疲れ様です」 お爺ちゃんの優しいブレーキと共に目的地である上林先生のアパートに着いた。 料金は2800円だったが、俺は3000円をお爺ちゃんに渡して急いでタクシーを降りた。永井はゆっくりと降りて肩で風切って歩く。 先生のアパートは刑事ドラマなんかでよく出てくる二階建て八部屋くらいのもので、先生は二階の端だった。 俺は駆け出しているが、永井は相変わらず骨だけの階段をカンカンと一段一段音を立てて昇る。 「おい、早く来い!」 俺はそんな態度の永井に思わず声を上げる。 何だか大事な局面を少しでも先伸ばしにしているように感じた。 「うるせえ」 永井も漸く階段を昇りきり、俺は先に呼び鈴を鳴らしていた。 が、反応が無いのでドアをノックする。 「先生!覚えてますか?東野です、東野マサキです」 ノックも段々と強くなるが、一向に反応が感じられない。 「居ねえんじゃねえか?」 「居ると思うんだけどな」 俺も諦めかけたが、ふとドアノブを捻ると鍵が掛かっていなかった。 「ドア開いてるぞ」 永井は面倒くさそうに表情を歪める。 「…いいか、開けるぞ」 俺は永井というよりは自分自身に確認するように言ってドアを勢い良く開けて中に入った。 「先生!お邪魔します東野です、せんせ……」 俺は思わず絶句した。 目の前に飛び込んで来たのは揺れる足、そして見上げるとロープに吊られ、変な形に首を曲げた上林先生だった。 「あ……ああ……あああ!」 声に振り向くと、後ろでは永井が腰を抜かし崩れ落ち、上林先生を見上げていた。あまりの驚愕で目が大きく見開いている。 まるで自分の屍を見ているような気分なのかもしれない。 〈ねぇ、運命って信じる?〉 因果応報ともいえるような避けられない運命…そんなものなんてあるはずないと思っていた。 でも、声も無く揺れている先生の姿はその存在をとても強く俺達に突き付けてきた。 終
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