アイヲシルモノ

2/44
40人が本棚に入れています
本棚に追加
/126ページ
1. 「君は愛を知っているかい?」 テーブル越しに男はメガネを人差し指で眉間に上げ、したり顔で言い放つ。 まるで何かの哲学か説教のようだが、どちらにしても陳腐であることは否めない。 百歩譲って土曜の夜にホテルのバーカウンターで、みたいなシチュエーションなら許せる。それでも俺が女なら失笑するけど。 しかし、ここは水曜午後四時のデニーズだ。場違いという言葉の意味を知らない奴はこの場面を見てほしい。一発で理解できる。 「いや、わからないっす」 俺はもうこう返すしかない。 事を荒立てずに言う言葉が他にあったら教えてくれ。 「全てを犠牲にしてでも自分が一つ守れるものを守りきる事さ。君はいるかい?そんな相手が」 倒置法ももちろんムカつくが、何かをわかったように語る奴って何でこうも生け簀かないんだろうか? こないだも中学の頃に仲の良かった奴がフェイスブックで<書道とは格闘技だよ>みたいなことを書いてて、一気に嫌になりブロックしてしまった。 こんなのが許されるのはその道の達人だけだ、しかし達人はそんな事言うのは憚られるだろう。 つまりは誰もわかったように語っちゃいけないんだ。 そしてこいつの最も腹が立つところは俺の一つ年上で同じ高校生だってところだ。高校生なんかに本当の愛なんかわかってたまるか。 「いや、まあ家族は大切ですけど」 お茶を濁すしかないな、これは。 「ねぇ、この人可哀想」 愛を知る(自称)男にもたれて女が言う。 こいつは頭の悪そうな女ではなく、イタイ女。バカでは無く無知と呼ばれる。勉強してこなかったヤンキーというよりは真面目だが物事を見極める能力が著しく欠如している。 こういうのが高学歴の癖に訳のわからない宗教にハマるタイプだろう。 「ぼ、僕の元に戻る気はないかい?」 何をビビる事があるのか、俺と並んで座る男・横峯は弱気に言う。こいつも高校生だ。 この状況に俺を巻き込んだ張本人で、俺に恋人である無知女を愛を知る(自称)男に取られてしまったので取り返したいと依頼してきた。 調べていくうちに2人はもうすっかりデキている事、この女は中々の地雷である事がわかったので俺は横峯にもう忘れるように促した。 すると 「き、君はその男に騙されているんだ。僕ともう一度やり直そう」 的な事を言えば大丈夫なんてやけに強気で押し、俺が間に入りこの話し合いの場をセッティングする運びとなった。
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!