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林の広がる丘の上で1人の少年が大きな欠伸と共に体を伸ばしていた。
学生服であるブレザーのまま、通学鞄を片手にそこから見える景色を一望する。
ここからは街全体がよく見える。
それも、この夕暮れの時間帯から見渡す街並みには言葉に出来ない美しさがあった。
きっと、この場所からなら夜景も素晴らしい事だろう…だが、少年はこの夕焼けの照らす街並みが好きだった。
「んっ……やっぱ、ここが一番落ち着くな」
切り立った崖…というものではないが、転げ落ちたらタダでは済みそうもない急斜面の淵、ギリギリまで足を進ませ、両手を大きく広げた。
こうする事で、この街から元気を分けて貰えるような、そんな気がするのだ。
この場所に来るのは自分くらいだろう。
獣道すら存在しない中、少年はこの林の中を彷徨った挙句にこの特等席を発見した。
日当たりも良く、正面に沈んでいく太陽はとても幻想的だ。
辺り一面に広がる草の匂いと、太陽の香り…それらを運ぶ風、全てが心地良く感じる。
温かな芝生に寝転び、空を仰ぎ見る。
沈んでいく太陽と、紅に染められた空、オレンジの雲が穏やかに浮かんでいた。
--…-ぁ--…-
「……?」
何かが聞こえたような気がした。
-し…--る…--わた…----し…-
まただ。
一度だけなら気のせいだと思えたのだが、やはり何者かの声が聞こえる。
--っ…--くだ……----ねが…--す-
「……女の人の声?」
少年は何処からか聞こえる声に四方を見渡した。
……林の中に誰か迷い込んだのか?
この林は広いように見えて、実はかなり小さい。
だったら気にする事も無いだろうと少年は街の景色へと向き直った…その、刹那の出来事だ。
「止まってくださいよぉぉぉ!! どうしてこうなるんですかぁぁぁぁ!?」
「……は?」
空から"何か"が猛スピードで落ちて行った。
人間、非現実的な何かに巻き込まれても、思考は上手く働いてくれない。
だが、見間違いではなければ少女が落下していた。
少年は上を見上げる。
……何も無い。
当然だ。
「……そうか、俺はこんなにも疲れていたんだな。よし、明日の為に今日は帰ってゆっくり休もう」
自分は何も見ていない。
丘の下を覗き込んでも何も見当たらなかった事から、今のは幻影だと思う事にした。
少年は気怠そうに通学鞄を片手に、元来た道を辿って帰路へと着いた。
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