崩壊

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 ゲイルはピタリと叫ぶのをやめたかと思うと、臓器を吐くのではと思うほど()せ返り、(おびただ)しい量の血を吐いて、また喉を壊さんばかりに叫び始めた。 「黙れよ……」  ゲイルのHPは、このたった一発でレッドゾーンに突入していた。痛みがダメージ量に比例するなら、地獄の痛みに違いない。  刀の攻撃力が、俺は、いっそ虚しかった。痺れた頭でも、このまま死なれてはたまらない、と強烈に思った。咄嗟(とっさ)にズボンのポケットをまさぐり、緊急用に物質化している回復ポーションの瓶を取り出すと、金切り声を上げて悶絶するゲイルの口に突っ込む。 「ぶっ、ゴハッ、オェェッ!?」 「さっさと飲め」  ()せてポーションが逆流し、顔中の穴からあらゆる液体を出して見るも無惨に苦しむゲイルは、それでも砂漠で干からびる寸前の旅人がするように、貪るように瓶の中身を吸い上げた。ゲイルのHPは、それで緑色まで持ち直した。  俺はすかさず刀を抜き、あらん限りの力でゲイルの腹に刃を突き刺した。毛細血管が焼き切れそうなほど眼球を飛び出させ、ゲイルは口に咥えていた瓶を噛み砕いた。今、どれほどの痛みがコイツの脳に届いたのかを想像したら、気の遠くなるほど僅かだけ、胸がすいた。 「ヤ、ヤ、ヤメテ……! シ、シニタクネェ……ッ!!!」  ゲイルの眼球は、この激痛の中においても、しきりに左上に動いた。自分のHPが表示される場所だ。この男が、死に物狂いでHPの全損を拒むのを見るたび、心臓に杭を打たれるような痛みが走る。 「お、弟クンのことは、わ、悪かったよ! ほんの、ジョークのつもりだったんだ!」  殺意に勝る衝動は、ないらしい。我を忘れ、刀を再び振り上げた俺に、ゲイルは奇声でまくし立てた。 「オレを殺しても意味ないぜっ!? オレは下っ端だからよォ!? この計画にゃ又聞きで乗っかっただけだし、アッ、そうだ、オレを殺せばお前、ソーマ様に殺されちまうぞ!?」  もう、喋るな。 「急所は、頭だったな」  全身全霊で拒絶するような断末魔は、頭を刀で突き刺したら静かになった。白目を剥いたゲイルのアバターは、同じくはちみつ色のライトエフェクトに包まれると、粉々に砕けて空へ昇っていった。  光の雪が逆さに降る月夜を、俺は石畳に刀を突き刺したまま、力なく立ち尽くした。  先刻までゲイルが転がっていた血だまりの中央に、黄金色(こがねいろ)に発光する球体が浮かび上がったことに、かなり遅れて気づく。不思議な光の球だった。形は丸いが、質感は、液体や気体に近い。  それに手を触れると、明滅する光の球は一瞬ひときわ目映く(またた)いて、俺の体に吸い込まれるように消えてしまった。俺の体が、とくん、と鼓動するように光を放つ。 『《Gail》さんのレガシーに触れました』 『《Gail》さんの所持品と獲得総経験値が引き継がれます』   どこかで聞き覚えのあるアナウンスが内耳に響き、直後から、無限にも思える『Level Up!』の通知がひっきりなしに流れ続ける。 「…………いらねぇよ」  不意に、空から一筋の雫が落ちて石畳の上を跳ねた。ぽつりぽつりと降り始めた雨粒は、やがて突然の驟雨(しゅうう)となって、立ちすくむ俺の体を冷やした。
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