崩壊

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 俺と母は、しばらくの間、今にも倒れそうなお互いをお互いで支え合うように抱き合っていた。気恥ずかしさなんて微塵もなくて、ただ、その温もりが俺に、辛うじて二本の足で立ち続ける力を与えてくれた。  やがて、どちらからともなく夕飯にしようということになり、俺達は食卓について、母が予め用意していた夕飯を食べ始めた。冷めた料理を仮想の胃に収めながら、ふと、隣の空席を見つめる。  つい昨日までここに当たり前に座っていたシュンは……いったい、どこにいってしまったのか。  食べ終わるかというところになって、数時間前の、けたたましいアラートとは一変した、穏やかなメロディーが街中に流れた。  以前からも時たま流れていた、運営からの放送を告げる音楽である。声の主は──父だった。  その、第一声に、世界が一斉に息を呑む気配がした。 『世界は、理想郷ではなくなりました。全て、私の責任です』  英雄。希望の象徴。いつも自信と説得力を(みなぎ)らせた、計り知れない力のこもったシンジの声は、面影さえなかった。  父は、己の罪を数えるように、今日起きた事実を語った。その一つ一つが、世界全域に、冷たく重たい(おり)のようなものを広げていく。  午後七時十五分。存在さえ極秘事項だった、ユートピア大陸の秘境に構えたアルカディアの本部が、突如、150名を越える武装集団に襲撃を受ける。  数もさることながら一人一人が手強く、駐在していた五名の研究員が決死の迎撃にあたるも、相当の苦戦を強いられた。結局、表向きは撃退に成功したのだったがーーその襲撃は、陽動だったと発覚する。  敵の狙いは、《GM《ゲームマスター》権限》。この世界の全てのシステムを操作する権限だ。敵は騒ぎに乗じて、それを盗み出した。  歴史的失態だが、シンジにも、GM権限が奪われるなど有り得ないと信じられる根拠があった。セキュリティだ。彼自身が造り上げた、暗号である。  詳細は多く語らなかったが、候補が一京(いっけい)通りを誇り、鍵となる乱数表(パッド)も日ごとに自動で変わるーー聞く限り、あらゆる暗号の中で最強の(たぐ)いだ。あの僅かな時間で解読できる人間がいるとは到底思えなかった……シンジの言葉に、俺も全く同意見だった。  その暗号はそっくりそのまま、鍵を変えてかけ直されてしまった。現在は総出で解読に乗り出しているが、勝算は絶望的。    GM権限は、神に等しい力だ。アイテムや通貨の出現バランスはもちろん、モンスターの攻撃パターンにステータス変化、フィールドの気象設定やプレイヤーの健康状態に至るまで、システムは全てを管理している。GM権限があれば、それを文字通り、思うがままに書き換えることができる。  では、その力を奪った襲撃犯は、具体的に、この世界をどのように書き換えたのか。  いくつかある。シンジは、最も大きく、絶望的な改変について、一番最初に報告した。  プレイヤーの、“死”について。
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