本編

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「朱里(あかり)、今日は委員会じゃないか?」  私が通っている高校の帰りのホームルームが終わり、クラスメイトが各々の友人と仲良くおしゃべりをしながら教室から出ていく。  私はその様を半ば呆然と見送るように椅子に己の全体重を預けていると、右斜め後ろの方から声がかけられた。  声の主を求めて私が振り返ると、声の主は犬のように嬉しそうな雰囲気を振りまいてニコッと笑った。  自分の顔がどうなるかを気にしない笑い方で、全体的に整っている顔が笑った時にクシャッと潰れる。  もしも彼に犬の尻尾があったなら、千切れんばかりに振られていたことだろう。  そんな犬のような彼の名前は、近衛 一(このえ・はじめ)。  漢数字の『一』……英語では『ONE』であり、彼はクラスメイトや他クラスの友人知人にそのまま『犬』と呼ばれている。  かくいう私も彼のことを前までは『犬』とか『ワンちゃん』などというあだ名でからかっていた。  彼は私、天野 朱里(あまの・あかり)の恋人だ。  きっかけは去年の、私達が一年だった頃のバレンタインデー。  去年も私と彼は同じクラスで、女子がバレンタインデーに彼にチョコを直接渡している中、私は授業中に保健室に行くフリをしながら彼の下駄箱の中にチョコを潜ませておいた。  誰にもその事は言わずチョコにも名前は書いていなかったのに、次の日に彼は私の下駄箱に手紙を入れてきた。 『チョコありがとう 天野のことが好きだから…よければ付き合ってください』  ノートの切れ端に綴られた彼の気持ち。  嬉しくて嬉しくて……教室に戻ってすぐ、彼に抱きついた。  その日から今まで、約4ヶ月間……彼とは喧嘩をしたことが1度もない。  ずっとずっと、熱すぎず冷たすぎずのぬるま湯のような関係で今までを過ごしてきた。
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