愛すべき愚か者

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山間の寒村に男が流れ着いたのは昭和の初めの事であった。 当時の日本人としてはかなりの偉丈夫で、身の丈は六尺(約180cm)を越え、体重二十四貫(約90kg)という堂々たる体躯をしていた。 荷車に荷物を積み、人口二十人足らずで年寄りばかりのこの村にふらりと現れた男は、集落からかなり離れた山の麓に己一人で小屋を建て、いつしか住み着いてしまった。 男の名は地三郎(じさぶろう)。 歳の頃は四十半ばであろうか。 顔中に髭を蓄え眼光鋭く、その体躯と相まって人を寄せ付けない空気を纏っていた。 最初は気味悪がって遠巻きに見ていた村人も、こちらが恐る恐る声を掛けると言葉こそ発しないものの鋭い眼光は影を潜め、穏やかな表情で軽く頭を下げる地三郎の瞳の奥に、底知れない哀しみや優しさを感じ取るのであった。 村人達は後々、自らの事は何も語ろうとしない無口な男に対し、徐々に親愛の情を抱くのである。 .
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