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「痛ッ」
したたかに下半身を打ったカヨはジンジンする足や背中を庇いながらゆっくりと身体を起こした。
落下していた間強く目を瞑り過ぎていたのか視界がぼんやりしている。
(何が起こったの……?)
ひゅう、とふいに夜の風がセーラー服を揺らした。
雨に濡れた樹と、僅かに排煙の匂いがする。
おかしい。
違和感を感じてカヨは地面に視線を落とした。
「!」
そこは一面石畳だった。
(……外……?)
ひんやりする地面に手を着き、徐々にはっきりしてきた周りを見回したカヨは言葉を失った。
「……嘘」
そこは街だった。
歴史と、文明の色が残る、寂しくも素晴らしい街だった。
座っている石畳の両脇には街灯が等間隔にぽつりぽつりと並び、揺らめく街灯のオレンジ色が地面に反射し、てらてらと艶めいている。
石畳と街灯の向こうには街路樹を挟んでレンガ造りや石造りの家々が並んでいるが、どの家も明かりは無く、息を潜めているかのようにしんと静まっていた。
そこにカヨの知る景色はどこにも無かった。
(……怖い)
知らない街。知らない夜。
少しずつ恐怖と不安がカヨの全てを支配し始めた。
(助けて……!)
どのくらいそうしていただろうか。
ひとしきり不安の波に身を任せて自身を抱き締めていると、次第に落ち着きが戻ってきた。
辺りに人っ子ひとりいないせいか、恐怖もいくらか薄らいだ。
カヨは大きく深呼吸した。
(私……確か学校の音楽室にいた筈……)
この春転入したばかりで教室の配置に詳しくはないが、さっきまでいた音楽室の向こうは間違いなく廊下だったはずだ。
しかし、カヨが今座り込んでいる場所は廊下でも学校でもない、紛う事なき屋外だ。
(もしかして私、死んじゃったのかな……?)
ここは天国なのだろうか。
あまりに唐突だ。
人が居ないのに人が暮らしていそうなこの街は不思議な印象を与える。
そこは言うならば天国というより、「別世界」。
考えても考えても、答えはカヨの手の届かない場所にある気がした。
「一体、どうなってるの……?」
思考の限界に言葉が口を突いて出たその時だった。
ピィィィィィィィ――……
「!」
閉じた夜に似合わぬ笛の音が突如街中に長々と鳴り響き、静寂が破られた。
それと同時に、複数の男の話し声と足音が聞こえてくる。
「な、何……」
足音が近付いてくるにつれ、会話が聞こえてきた。
「――だ――」
「――しゃ――」
「侵入者だ!侵入者が出たぞ!」
「!」
カヨはただじっとそこに立ち尽くした。
体中にまとわりつく、嫌な予感。
跳ねる様に辺りを見回しても人影は無く、ここにはカヨ一人しかいない。
(まさか……)
男達はもうすぐそこまで、カヨが居る通りの角まで来ていた。
(これ、私のこと……!?)
はっと息を呑み込み、カヨは石畳の右側を見た。
街路樹の向こうは暗くてよく見えない。
左側にはいくつか家が並んでいる。
火事場のなんとやら。
立ち上がるとカヨは音を立てない様に駆け出した。
「――誰だ!」
「!?」
「誰もいないぞ!」
「どういう事だ?」
最後の角を曲がった男達の視界に映ったのは
いつもの寂れた通りだった。
街灯が呆れた様に本日二度目の来訪者を照らし出す。
男達は皆同じ格好をしていた。
軍服にも似た深緑の制服上下に、小さな金色の星が三つ付いた同じ色のつば帽子。
上着の下には白のカッターに黒タイを着込んでいる。
彼らは辺りを見回すとため息をついた。
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