想い人

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想い人

「あの……姉さん。一つだけ、ずっと引っかかっていたことがあって……訊いてもいい?」  今度は高野の叔母が遠慮がちに切り出した。  義母は少し身構えるように顔を緊張させたが、 「どんなこと?」  と聞き返した。 「ずっと引っかかっていたことなの。姉さん、誠さんと祝言をあげる前、誠さんのお兄さんと……」 「ママ、ジュースも飲みたい!」  パフェをぺろりと平らげた美雪が話を中断させた。 「だめ! 今甘いもの食べたばかりなんだから」 「じゃあ、あっちで遊んでもいい?」 「走り回ったらだめよ!」 「はーい」  美雪は早速ホテルのロビーに走っていった。 「まったく、ごめんなさい話の途中で。あの、やっぱり私も席を外しましょうか」 「いいえ、いてくれる?」  義母が立ち上がろうとした周子を引きとめた。 「トミちゃんはやっぱり気付いていたのね」  義母の言葉に、やっぱりそうなんですねと高野の叔母は目で語りかけた。 「誠さんのお兄さん、勇(いさむ)さんとはお付き合いをしていました。でも、誰にも言わずに終わりました」  婚約を申し出ようとした矢先、勇さんに赤紙――召集令状が届いたのだった。  それは当事では死を意味していた。  その直後、勇さんからシゲに別れを告げる言葉があった。  日本は負ける。  自分は帰ることができないだろう。  君を未亡人にはできない。  シゲは泣く泣く勇さんと別れた。  赤紙が届いたのは次男の清さんもほぼ同時だった。  遠藤家は跡取りを二人も奪われて焦っていた。  そこへ、三男の誠さんが高野シゲさんを嫁に貰いたいと両親に告げたのだった。  誠さんとの縁談は親同士で話がとんとん拍子に進んでまとまった。 「でも、勇さんのことを断ち切ることができなかった。せめて待たせて欲しいと勇さんに何度も頼んだけれど、もう君は誠の婚約者だからと言うばかりだった」  出兵の前日、シゲは最後に勇さんと逢引した。 「せめて最後に会いたいと無理を行ったのは私です」  義母の目は潤んでいた。  膝の上できつく拳を握り、肩を強張らせて必死に泣くまいとしているようだった。 「勇さんに愛されていたという証が欲しかった……勇さんが私の元に返らぬというのなら、勇さんとつながっていられるものが欲しい」
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