12437人が本棚に入れています
本棚に追加
/383ページ
「この人ね。――昔、付き合ってた彼女を死なせちゃったことがあるんだって」
「え」
真っ先に声を上げたのは、不覚にも私だった。思わず自分の口を押え、体を引く。
一瞬遅れて、みんなが口々に「ええーっ」「なにそれー」と驚きの声を上げた。
「ちょっと待ってよーどういうシチュエーションよそれー」
「なになにどういうことーー?」
「しーーーーっ」
恵理奈が芝居がかった動きでみんなを鎮めにかかる。
見回すと、内緒話をしていたはずの私たちグループはすっかりクラス中の注目を集めていた。
「……詳しくは分からないんだけど」
さらに声を潜め、恵理奈は続けた。
「お兄ちゃんがそう言ってた。そんで、腕のとこに、その時に怪我した大きな傷が残ってるんだって」
「……なんか、怖いね」
「ああー、あれじゃないの?よくある、バイクの後ろに彼女を乗せてて事故った、とか」
「ええー?ドラマじゃないんだから」
「でもさ、ホントにそうだったらベタ過ぎてがっかりじゃない?」
クラスメイトの一人がきゃははは、と笑い、私はその甲高い声に耳を塞ぎたくなった。
……笑うようなことかな。
見回すと、みんな調子を合わせて笑っていた。
きっと、誰も本当に可笑しいと思っているわけじゃない。ただこの輪から外れたくないだけだ。
“空気を読む”という概念がみんなの顔をまったく同じ表情に変えていく。
私は早々にお弁当を食べ終え、片付けを済ませて一人で廊下に出た。
最初のコメントを投稿しよう!