プロローグ

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放課後の教室。 女子に呼び出された俺は、初めてのことに緊張を隠せないでいた。 どきどきと心臓の音が鳴るのを聞こえないように、と胸を押さえる。 顔が熱い。 それはきっと、目の前にいる子も同じなのだろう。 この子の顔が赤いのは、窓から差し込んでくる夕日のせいだけじゃないはずだ。 「……あの」 「は、はい」 この子とはよく話す方で、敬語なんて使う相手ではなかった。 それなのに、何故か「はい」と堅苦しい返事をしてしまう。おまけに声が裏返っていて、どこか気恥ずかしい。 「私……日下部くんのことが好きなの!」 静まり返り二人の呼吸する音、俺の心臓の音くらいしか聞こえなかったはずなのに…… その子がそう言い切った瞬間、この空間の音が全て消えた。そんな気がした。 本当の静寂だった。 こんな風に面と向かって……いいや、どんな手段でも「好き」だと言われたことがなかった。 それまで『好き』という気持ちがどんなものか分からなかった。恋愛のことなんて、頭の片隅に置いてある程度だった。 でも、この子の表情(かお)を見ていると…… なんだか不思議な気持ちになったんだ。 赤くなって、目を伏せて、今にも泣き出しそうな表情。 その時に思った。 今まで考えたことがなかっただけで、俺はこの子のことが好きなんじゃないかって。 この子を守ってあげたい。 そう思えたんだ。 **** 「彼女が出来たんだ」 翌日。 俺は早速昨日のことを幼馴染みである友人に話した。 やはり恋人ができるということは、嬉しい。 嬉しくてたまらないし、何より自慢したくなる。 まだまだ子供だったんだ、俺も。 幼馴染みは少し驚いたような表情を浮かべていた。 俺に彼女なんて、おかしいか? なんて笑ってみせれば、お馴染みも釣られたように笑う。 そして一言、 「おめでとう」 そう言ってくれた。 羨ましがらないんだなあ。 お馴染みもお馴染みで、今は恋愛というものに興味がないのだろうか。 今思えば、俺はかなり軽い気持ちでいたんだろう。 その日から、 俺は幼馴染みと話さなくなった。 あの時、幼馴染みの微笑みの意味を…… ちゃんと理解しようとしていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。 俺は幼馴染みの気持ちに気づかぬまま、中学校を卒業した。  
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