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『司くん、もうどこにも行っちゃやだよ…』
虚ろな目をした母が現れ、父を映した俺に手を伸ばす。
突きつけられた罪が胸の中で疼いた。
「…母さん、どうして…」
俺はまだ夢を見ているのかもしれない。
そう思いながら一歩近づくと、
『どうして傍についていてやらなかったんだ。様子がおかしいことくらい気づいていただろう。そんなに自分の夢が大事だったのか』
悲しい表情の父の姿が闇の中に浮かび上がった。
これは幻なんだろうか。
いるはずのない父の責める声が、ぐわんと脳を揺さぶる。
ふらつく足で二人の方に踏み出すと、ぎゅっと手が握り締められた。
「せんせ、行っちゃダメ」
「…浅田…」
まっすぐに見つめられて、じわりと胸が熱くなる。
…そうだ。
俺は彼女と一緒にいるって約束したんだ。
こんな俺を受け止めてくれた。
ひとりにしたくないと、手を握ってくれた。
混濁する記憶を必死に手繰り寄せる。
この手を離したくない。
離さなきゃならない。
ない交ぜになった感情がこみ上げ、足が震える。
ぐらぐらと地面が揺れているような気がした。
『耀司、おまえに幸せになる資格があるのか』
迷いをかき消すように声が響き、鋭い棘がぐさりと心に突き刺さる。
ぐにゃりと視界が歪み、手から温もりがすうっと消えた。
「浅田…?」
慌てて周りを探しても、姿は見えない。
俺はまたひとり。
世界は真っ暗な闇に戻った。
「耀ちゃん」
暗闇の中で、母の呼ぶ声がした。
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