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「お母さんて……出て行ったっていう?」
「うん」
「何だよ、連絡先知ってたのか」
「違うよ、買い物してる時に偶然会ったの。向こうは私のこと捜してくれてたみたいで……今、証と一緒に暮らしてるって言ったら、正気かって……それで、15年前の事件のこと教えてくれたの」
「………………」
証は溜息混じりに柚子に見入った。
「………そっか。そんな偶然、あるんだな」
「うん。私もすごいびっくりした」
「さぞかし恨んでるんだろーな、成瀬のこと」
「………ん。ここを出て、一緒に暮らさないかって言われた」
証は柚子の言葉に目を見張る。
「………断ったのか?」
「てゆーか……証に会ってから決めるって言ったの」
「……………」
「証の口から全部ホントのこと聞いてから決めようと思って」
「────それで、俺と暮らす方を選ぶのか」
「うん」
柚子は躊躇いもなく頷いた。
証は強く拳を握りしめる。
「………ホントに、それでいいのかよ」
「いいって言ってるでしょ。……お母さんは連絡先聞いたし、会おうと思えばいつでも会えるから。………でも証は……」
柚子はそこでまた決壊しそうになる涙腺にぐっと力を入れた。
「証とは、あと二ヶ月しか一緒にいられないんだもん」
「………………っ」
涙声で微笑みながら言う柚子を見て、証はたまらず柚子の体を引き寄せていた。
強く、強く抱きしめる。
「……………橘」
そう呟くと、証の腕の中でその小さな肩が震え出した。
嗚咽を噛み殺しているのがわかり、証の胸に愛しさが込み上げてくる。
「…………橘、………橘」
証は続けて口走りそうになる言葉を、何とか飲みこんだ。
代わりに、更に腕の力を込める。
そうして、柚子に見えないように、その耳元で唇だけを動かした。
……………好きだ、と。
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