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その手は、父親によく似た柚子の大好きな優しい手で。
けれどそれはもう、二度と五十嵐が自分を抱きしめるつもりのないことなのだと。
その手の温もりを感じながら。
────柚子は悟っていた。
胸が痛く、涙が溢れる。
けれど自分は決して忘れない。
これ程までに自分を愛してくれた人がいたこと。
そして、自分はそんな人を深く傷付けたのだということ。
眠れなかった夜も、温かかった腕も、優しい笑顔も。
全部、全部、忘れない。
そして最後にこの人が望んでくれたように。
私は、強くなるんだ。
いつかお互いに、別の人を好きになる日が来ても。
いい思い出として、二人で過ごしたわずかな時を振り返られるように……。
柚子は最後に、力強く顔を上げ──。
真っ直ぐに五十嵐の瞳を見つめながら、にっこりと微笑んだ。
それを見た五十嵐は微かに目を見張った後……。
まるで安堵したかのように、柔らかい笑顔を見せた。
────この日、星のない空の下で。
交わることのなかった二つの想いが、静かに終わろうとしていた。
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