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(………あ。雨やな、今日は……)
玄関を出た瞬間、鼻をついた濃い潮の香りに、千波は足を止めて空を仰いだ。
どんよりしているという程ではないが、空には薄い雲が広がっていた。
こんなに強く海の香りがする日は、必ず雨が降る。
これは長年海の街で育った為に身についた特技といってもよく、天気予報よりよっぽど当てになる。
千波は傘を手にしてから、玄関の鍵を閉めた。
今日は9月の最終日───。
千波が五十嵐家に勤め始めてから、半月以上が経った。
仕事はまだまだ覚束ないが、なんとか一連の流れの様なものは掴めてきている。
…………そして今日は、千波の教育係だった麻里子が退職する日でもあった。
思い返せばこの一月は、激動の一月だった。
今までもう何年も、特に波瀾もなくぬるま湯の様に穏やかな生活を送っていたのがまるで嘘のように、千波を取り巻く環境はガラッと変わってしまった。
(おばあちゃんの入院も長引いてるしなー……)
五十嵐家に続く坂道を登りながら、千波は先日、祖母の主治医に会った時のことを思い返した。
血液検査などに目立った異常はなかったが、脳のCTに少し影が見えるとのことだった。
精密検査の為に、もうしばらくは入院が必要とのこと。
(…………まだしばらくは、一人ぼっちかぁ……)
傘をクルクルと回しながら、千波は無意識に溜息をついた。
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