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そこでたまらず、千波はグッと身を乗り出した。
「し、失礼いたします! 灰皿、お持ちいたしました!」
千波の声を聞いて、中で向かい合って座っていた陸と柚子はハッと千波のほうに目を向けた。
下げていた頭を上げて部屋に入ろうとすると、陸が慌てたように立ち上がった。
そうして千波の元まで歩いてくる。
「すみません。ありがとうございました」
言いながら陸は千波の前に屈み込んだ。
千波は脇に置いていた灰皿を持ち上げ、黙って陸に手渡した。
「………………」
その時、ほんの少し掠めた陸の指先がヒヤリと冷たくて。
千波は唇を噛み締めて陸の顔を見上げた。
目が合うと、陸は優しく微笑んだ。
…………それはもう、いつもの陸と変わらなくて。
それがかえって千波の胸を、ギュッと締め付けた。
「…………失礼します」
短くそう言うと、千波はくるりと陸に背を向けた。
そのまま、まろぶような足取りで台所へ駆け込む。
「………はぁ、……はぁ」
ひどい喉の渇きを覚えて、千波は冷蔵庫から麦茶を取り出し、それをコップに入れて一気に飲み干した。
冷たい液体が喉を通っていき、それと共に動揺していた千波の心が、スーッと少しずつ冷静さを取り戻していく。
まだドキドキと動悸が激しくて、千波は着物の上からそっと胸を押さえた。
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