2072人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
「…………そうですね」
陸は笑いながら答えたが、その口ぶりはどこか白けたような色を帯びていた。
遠くで鳴く鳥の声が鮮明に聞こえるほど、二人の間に奇妙な沈黙が流れた、その時───。
「お兄ちゃーん! もう休憩終わりー?」
トタトタと廊下の向こうから足音が聞こえたかと思うと、ひょっこりと大地が顔を覗かせた。
並んでいる陸と千波を見て、一瞬動きを止める。
「………大地」
「………お話し中?」
遠慮がちに聞かれ、陸は笑って首を振った。
「いや、もう終わったよ。続きやろっか」
「…………うん!」
沓脱ぎ石に並べてあった靴を履き、大地はぴゅっと庭へ飛び出して行った。
陸はグローブを手にし、どこかぎこちなく千波に会釈してからゆっくりと立ち上がった。
「………………」
大地の後を追う陸の後ろ姿を見送りながら、千波は僅かに痛む胸をそっと押さえ込む。
『俺なら、あんな風に苦しめたりしないのに。……もっと大事にするのに…って』
引き絞るように呟いたあの言葉が、千波に言ったのではないことはわかっている。
あれは、自分に彼女がいたならという仮定で発せられた言葉なのだ。
………それでも、嬉しかった。
涙が出るぐらい、嬉しかった。
ずっと見つめていたい気持ちを振り切り、千波は陸から目を逸らして立ち上がった。
廊下の向こうに消えていく千波の後ろ姿を、陸は敢えて視界に入れないようにした。
あのまま大地が来なければ何を口走っていたかわからない自分の青さに、陸はこの時ひどい苛立ちを覚えていた。
最初のコメントを投稿しよう!