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靴音は、コンクリートに音を響かせながら、次第に大きくなって来た。
「…おとうさん」
春山先生の声に驚いて、わたしはもう一度顔を出した。
…お父さん?
「…わざわざ、お疲れ様です。…お仕事の方は、大丈夫なんですか」
壁の陰から見える先生は、少しだけ緊張したような面持ちでそう言った。
「うん。…二時間ほど、抜けさせてもらった」
穏やかな、低いけれどよく響く声。
「所轄の人間に少し話を聞いて来たんだけれど、なんだか妙な事件だね」
「そうなんです。
…警察の担当の方が証拠品としてビデオを全部回収して行かれたんですけど…どうやら、どの防犯カメラにも、映っていないらしいんですよ、犯人が」
…えっ…。
わたしの背中を、ぞくりと寒気が走った。
ヒロシの言っていた、狐火の話が脳裏をかすめる。
…まさか、ホントに…?
「…幽霊の仕業、って事もないだろうけどね」
もう一人の人物が、冗談とも取れないような、深刻な口調で呟いた。
…春山先生の、お父さんなのかな。
その割には、すごく他人行儀なような…。
さっきまで感じていた後ろめたさはどこへやら、好奇心に勝てず、声の主を見ようとさらに壁の向こう側を覗き込んだ時だった。
「こら、椎名。なにしてんの」
いたずらを咎められた猫のように、わたしはぴょこっと飛び上がった。
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