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エレベーターホールのベンチに座り込み、放心したままスリッパのつま先を眺めていると、チン、とベルが鳴り、エレベーターの扉が開く音がした。
「椎名さん」
ゆっくり顔を上げると、笹森さんが一人でエレベーターから降り、こちらに向かって来た。
「…大丈夫かい?」
ぼんやりと見返すだけのわたしを、笹森さんは心配そうに見つめた。
「今、君の病室に行こうとしていた所なんだ」
そう言って、隣に並んで腰かける。
しばらく間を置いて、笹森さんはポツリと言った。
「レナさんの身柄が、確保されたよ」
見上げると、笹森さんは口を左右に広げるようにして、笑顔を作った。
「銀座を一人で歩いているところを、保護されたそうだ。
…妙な気を起こすんじゃないかって、本部の皆で心配していたところだったから…とりあえず一安心だ」
「……」
わたしは目を逸らし、自分の膝の辺りに目線を落とした。
「大丈夫だよ。…二人をいじめるようなことは、しないから。
…レナさんを早く逮捕してあげられなかった我々の責任は、重大だ。
本来なら起こる必要のなかった、新たな罪を生み出してしまったわけだからね。
…私達がもっとしっかりしていれば、レナさんは罪を重ねずに済んだし、白井さんも椎名さんも、こんな目に遭う事は無かった」
笹森さんは、深いため息をひとつ、ついた。
チン、と再びベルが鳴って、エレベーターの扉が開く。
慌ただしく出て来た、数名のナースシューズをはいた足が、目の前を通り過ぎて行った。
足音はすぐに遠のき、エレベーターホールが静けさを取り戻す。
「…白井さんは…」
わたしの小さな呟きに、笹森さんが顔を向けた。
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