貴族と傭兵

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 冷たい石造りの廊下を歩く二人で一つの影があった。影は先行者が後ろに付いている者の手首から伸びた縄、或いは鎖を引っ張っているように見える。後者は虜囚のようで、足元には鉄球が鉄鎖で両脚に繋がれている。彼の者が歩を進める其の度に、重たい金属音が廊下に響いた。  燭台の明かりに照らされる姿は共に男性のものだ。だが、前を歩く男は後ろを歩く男と比べると、幾分か見劣る。  精悍な面貌、気品のある佇まい、囚人服を押し上げる肉体、鉄球を繋がれながらも見る者に重さを感じさせない所作。どれもが鎖に繋がれる男をただの囚人ではないと感じさせるには十分だった。ダーミッシュ家の次期当主ジルベスター・フォン・ダーミッシュ、其の人である。 (分からない。何故このような人が死ぬ必要がある)  死刑執行人たる男は握った鎖の重みを感じながら思った。彼は背後の男が何処の誰なのかも知らなければ、ジルベスターが処刑される理由も知らなかった。ただ死刑囚であることしか知らなかった。だがしかし、ジルベスターから感じる全てが男に語りかけるのだ。死ぬには惜しい人間である、と。  彼は卑しいとされる自分の仕事に少なからず誇りを持っていた。手に掛ける者は皆等しく神に背いているのだから処刑を行うのは当然であり、自分の仕事に疑いを挟む余地など一分も無かった。罪人の魂を神の御許へ送還し救済する貴い仕事なのだ、と盲信していたのだ。 「一つ、聞いても良いだろうか」  執行人は気を違えていたのかもしれない。此処にいる事、其れ自体が罪の証明なのだと忘れていたのかもしれない。 「死の際に立って其れ程までに活きておられるのは何故だ」  ジルベスターの面が上がり、炯炯と輝く眼光が執行人を射抜く。人殺しを生業にしながら、生を感じさせる澄んだ瞳を見るとは思っていなかった。今までの死刑囚は生に縋り付こうと足掻く、汚濁の浮いた瞳ばかりだったと言うのに。 「そんなものは決まっているだろう。満足して死ねるからだ」 「満足、とは面白い事を言いますな。死を前にして満足とは……」 「おかしいか。しかし俺は満足なのだ」 「出来るなら、理由をお聞かせ願えないだろうか」 「俺の首が斬り落とされるまで時間もない。興味を満たせるかどうかは分からないが、お話ししよう。あれはいつだったか――」
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